亜熱帯ジャンクカメラ・オートバイサーフィン

ネットオークションのカメラ・レンズの相場を知り安く買って時には売ってホットな写真ライフを楽しもう。気分はもう亜熱帯! 追記:オートバイ(バイク)・ツーリングの話もあり

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(キヤノンが本気を出してしまった電子スチルカメラ)

 誰も知らないし興味もないから価値も分からない。そんなクラシックデジカメにスポットライト(いや、コンテンツの趣旨からしてバルカーか?)をあてるのが、このHPの趣旨である。そうは言っても、本カメラくらいポジションが暗いと、なかなか話題作りも難しいのだ。方々のコンテンツで報告しているが、1995年にカシオのQV-10でデジカメが時の人となり、1998年のファインピクス700で(コンパクト)フィルムカメラの代用品として使えそうだと市場が認知し始めた頃も、キヤノンのデジカメ戦争への参戦は慎重だった。もっとも、オリンパスやリコーのように会戦初期から積極的に展開していたメーカーもあるが、この頃は他の光学機器メーカーも煮え切らない態度であった。この時の経営判断や人材・設備投資の逡巡がペンタックスの失速になりコニカの消滅を決定づけてしまう。

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(フルセットだと結構な重さだ)

 拙僧はリアルに知らないのだが、デジカメ以前に電子スチルカメラというジャンルが存在した。文献によると「アナログ式にデジタルデータとして画像を記録する」というような、よくわからないことが書いてあって、現在のデジカメと何が決定的に違うのかよくわからない。拙僧の理解が正しいのかちょっと自信がないのだが、簡単に説明するとビデオカメラで撮影したムービーの1カットを切り出してスチル画像として記録するもののようである。ムービーカメラ(動画カメラ)のジャンルはスチルカメラよりも一足先に撮像素子の露光を電気的な信号に変換して記録していた。それより前は8mmシネカメラで撮影していたのだ。多分、「アナログ式にデジタルデータ」という表現なのは、撮像素子か記録する演算・増幅回路がオペアンプのように振幅を持っていて、「0と1」あるいは「ONとOFF」で記録するデジタルデータと違う仕組みだと言いたいのだろう。そいう意味でも日本語的にはおかしくて「(撮像素子が受光したデータを)アナログ式に電子データとして画像を記録する」と表現するべきだな。その辺の不明瞭な表現はガジャットライターさんならともかく、写真家さんや報道カメラマンの回想だったりすると仕方ないよな。今更、「オペアンプ」などという単語を出したところで意義も薄いし。


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(これが記録媒体のビデオフロッピーディスク)

 電気的な記録が素晴らしかったのは、撮ってスグに再生できたことだった。当時のビデオカメラはVHSやβのようなテープ媒体に記録していたので、記録した部分を巻き戻す手間があった。それに、液晶ビュワーなんてないから現在のEVFに相当するファインダーを覗きこんで、しかもモノクロ画像だったのだが、それでも画期的なことだった。電子スチルカメラはビデオカメラのシステムの一部を拝借した物だったのだが、基本的には従来のフィルムカメラと同じように光学ファインダーで記録し、撮影画像をその場で確認することはできなかった。記録は小型のフロッピーディスクで行う。現在ではフロッピーディスクの説明も厄介だな。キヤノンだと電子スチルカメラとしてQ-PICシリーズを展開していた。拙僧もよくわからないのだが、ビデオカメラの撮像素子は25~40万画素級だとされている。拙僧の手元にあるQ-PICの撮影画像のサイズが320x240だから、丁度、25万画素級のQV-10と同じくらいだ。画質的にはQV-11よりもいいくらいだが、多分、Q-PICの方がレンズが少し良くてQV-10/11が強烈な画像圧縮を行っているのだろう。Q-PICの画像が37KBなのに対し、QV-10/11はjpegに変換するけど14KBだからな。その代わり、QV-10/11は液晶ビュワーで撮影画像をスグに確認できて、100枚近い画像を撮影出来る。実際に電子スチルカメラの撮影画像を印刷したことはないのだが、とても鑑賞に堪えるクオリティではないだろう。QV-10が成功したのは、時代がWindows95でありインターネットや電子メールというインフラに恵まれていたからだ。なので、事務部門の女子社員と2ショットを撮影してメールアドレスを獲得するために、大枚10万円を払う価値があったのである。電子スチルカメラで撮影した画像はTVで鑑賞する。当時のブラウン管TVなら25万画素級の撮像素子でもムービー(動画)なら十分だった。イノベータ―の方々は兎も角、アーリーマジョリティにとって、ムービー(動画)カメラの画質は大して問題ではなかった。しかし、目や脳が求めるクオリティが静止画と動画では異なる。そもそも、写真ならアルバムを開くだけなのに、TVに接続をするのは面倒だ。端子を繋げるだけだと思われるかもしれないが、80年代だとファミコンの接続ですらお手上げで、馴染みの電気屋さんからプロパー価格で買わなければならない時代だったのである。

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(パソコンに画像を転送しようとすると、こんなに面倒になる)

 なんで、そんな物足りないというかニーズが不鮮明で決定的に足りない電子スチルカメラが発生してしまったかというと、当時のビデオカメラはとても大きく重かったのだ。記録媒体のVHSテープも大きかったし、カメラと記録ユニットが別体で使い勝手も悪かった。おそらく、バッテリーも羊羹くらいの大きさでロクに持たなかっただろう。価格も高くて100万円くらいした。しかもTV放送を記録する為には別の受信ユニットを購入しなけばならなかったのだ。拙僧の手元にあるビデオフロッピーディスクに前オーナーの画像が残っていたのだが、対戦車ロケットのようなビデオカメラを構えた人物が写っている。戦場で報道カメラマンが狙撃の対象になるのだが、ソビエト製対戦車ロケットのRPGシリーズを構えた姿にそっくりになのだ。それではあんまりなので静止画像に限定して、携帯できるサイズにしたのだろう。それだってコンパクトとは言えないが、ポラロイドカメラくらいのサイズにはなった。困ったのはポラロイドカメラは撮影して1分後くらいには鑑賞できる写真が出てきたのだが、電子スチルカメラは家に帰ってTVに接続しないと鑑賞できない。


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(電子スチルカメラで撮影した前オーナーの画像に、当時のビデオカメラの運用風景が写っていた)
(個人が特定できそうな部分は修正している)

 そもそも、電子スチルカメラは報道のニーズに応えたものだった(と思う)。今のように通信インフラが完全ではなく、転送速度もクオリティも低く単価も高かった。拙僧が知り合ったばかりの妻が海底ケーブルのデータ転送枠を売買する仕事を(も)していたが、2003年頃までそういう仕事が健全だったのだ。いや、今でもあるんじゃないかな。当時の事情はニコンの「ニッコール千一夜物語」だったか「その姉妹たち」に詳しい。当時、報道インフラの第一人者であったニコンは「伝送システム」を提供していた。これはフィルムスキャナーとFAX転送装置を組み合わせた代物で、テレタイプから発展した物だろう。例えば中東辺りで有事が発生した場合に、報道のスタッフはカメラ・レンズと最低限の暗室装備、それに出来る限り多くのフィルムを抱えて飛行機に乗った。それで、現地で撮影したフィルムを迅速に現像し、「伝送システム」でフィルムを読み込み転送したのである。つまり、いつ迫撃砲弾が着弾するかもわからないホテルの一室でフィルムを現像していたわけである。時間的な制約や移動時の装備の増加もあるが、ひとまず水がなければどうにもならない。電気や電話は通じても水が安定的に供給されるとは限らないからな。その辺の現場のニーズから電子スチルカメラは発生したようだ。電池スチルカメラの画質はプアだったが、当時の通信インフラもプアだった。ヨーロッパのような比較的設備が整った先進国でも、衛星中継のライブ中継が滞ることは珍しくなかった。1990年代になると日本企業が中国の工場に生産を委託、あるい合資会社を設立するのだが、日野市くらいの敷地の工場に電話が1つしかなく、しかもその電話のある特別な部屋に入るには数名しかいない監理者しかカギを持っていなかった。ただでさえ断続的になる回線だったが、最初は双方向通信が出来ず、向こう側が話している最中はこちら側の声が伝わらなかった。そんな状況だから転送データ量は限られているから高画質の画像転送はムリだし、そういう画像を掲載する当時のモノクロ印刷の新聞掲載画像のクオリティなんてたかが知れている。現地で現像するよりは遥かに楽だし設備も簡素になり、なによりも撮影した画像が編集局なり新聞社に届くデュレイが飛躍的に短くなる。これは速度が重要な報道にとっては福音であった。ニコンの電子スチルカメラであるQV-1000Cは、コンシューマの知るところではなかったが、一時期の報道インフラを支える重要なマイルストーンとなる。ニコンが冴えていたのはモノクロ専用機にしたことで、プアな画像データでも、それなりのクオリティを満たすことができたのだ。前述の通り、どうせ露出はモノクロの新聞紙なのである。こういう発想は営業やマーケティングあがりのプランニングでは出てこない物で、現場に近いニコンだからこその逸話になるだろう。

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(職員の通勤用自動車よりも高価なカメラだから、子供の手の届かない所に置かないとな)

 しかし、ニコンの成功例は稀である。電子スチルカメラの分野に多くの伝統的光学機器メーカーと何故かカシオが参戦し、そして無残にも惨敗した。先のニコンだって、重要なインフラを担ったが、それで商売として成功したかというと、そうでもなさそうだ。どういう訳か、各メーカーは電子スチルカメラにかなり本気だったようで、その損害はメーカーによっては深刻な打撃として経営を危うくした程のようである。各光学機器メーカーがデジカメ大戦への参戦に慎重だったのは、その苦い経験によるのだろう。確定的に言えるのはカシオの場合は社内で「カメラ」という単語が禁句になって程である。そのカシオがQV-10の開発にあたって、本来のデジタルカメラという素性をひたすら隠していた。「カメラ」などと企画書に載ったら即座に破棄されてしまう。そこで「撮影もできるコンパクトTV」として開発し、役員会議の最終決定でTV機能を外して「デジタルカメラ」という本来のコンセプトとして商品化に至ったのは、NHKの「プロジェクトX」で有名である。

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(これが伝説の元祖デジタルカメラ)

 現在では8mmシネカメラを説明する必要もあるな。ちょっと前までは昔の時代を再現した映画やTVドラマで35mmや16mmのシネマフィルムが登場したので、ロープのように細長いフィルムに感光し、小さなスチルカットを連続再生することで動画を記録・再現していたのを説明できたのだが、この1~2年で急速に難しくなった。若い連中が体感的に理解できないのは分かるのだが、中年やシニアの方もピンとこない場合が多い。忘れてしまっているのかもしれないが、どうも自分の運動会を8mmシネカメラで撮影してくれるような両親は恵まれていたらしいな。東京や大阪は恵まれていたのかもしれないが、8mmシネマが黄金時代だったとされる1960~70年代の日本は語られているよりも貧乏だった。拙僧が生まれたのはギリギリ8mmシネマが健全だった時代に重なっているが、実体験としてないからな。池袋から1.5時間の埼玉の寒村だって、それは酷いモノだった。「三丁目の夕日」にも8mmシネカメラや映写機が登場しないが、やはり高価なもので文学青年の駄菓子屋界隈では存在しえない物だったのだろう。そういう旧世紀の産物であるシングル8が2013年までサービスを継続し、今のところスーパー8のフィルム調達と現像が可能なのは奇跡である。

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(この細長いフィルムに連続した小さなカットを撮影するのだ)

 拙僧は幼少期に8mmシネマに接した記憶は無い。「DAICON(日本SF大会大阪コンベンション)」の界隈で接していたのだろうが、それが8mmシネマだと認識をしていなかった。拙僧の家庭事情だと「くるくるテレビくん」だって買ってもらえる可能性は限りなく0%だったんだから。拙僧が「生きている」8mmシネマに接したのは上京した専門学校生時代である。拙僧が新宿の割と治安に問題のある地区の専門学校を選んだのは、画期的なCG映画である「ジェラシックパーク」を作成したシリコングラフィクスのインディゴを設置していたからだ。もっとも、アプリケーションの類は一切なく、プリミティブな線画を描くのもC言語でGLを使ったプログラムを組まなけらばならなかった。勿論、旧世代のワークステーションやPCと併設でtelnetでログインしなければだし、CGラボの教員(という自覚は彼らには無かっただろう)の寵愛を受けた連中が込み入ったレンダリングをすると、全ての端末が極端に遅くなる環境であったが、それでも大したものだった。拙僧は寵愛を受けていなかったが女性教員(知的レベルの高いキツ目の美人)と何度か飲む機会に恵めれて就職も斡旋してもらったので、それなりに上手くやっていたのだろう。

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(最強の8mmシネカメラの一つであるキヤノン1014エレクトロニク)

 その専門学校の友人に8mmシネマ経験があった。彼は映画志望の青年であり、一旦はサンライズ(アニメではなく照明の)に就職したものの、照明スタッフでは映画仕事にはたどり着けないと悟り、新大久保のアテニならない専門学校のCG科に入学したのだ。ちょっとス増の知れないところがあり、2~3歳年上なのだが杉並区の方南町のマンションで人暮らしをしていた。一度だけ父親が新宿の誰でも知っている巨大ビルの設計をしたというようなことを言っていたが、少々家庭事情が複雑のようだった。もっとも、身の上などは本人は気にもせず、部屋は趣味のエアガンや映画のポスター、様々な趣味アイテムと酒瓶で溢れかえっており、イルクーツクの寒村からやっと越境したばかりの難民の拙僧には羨ましい限りだ。そういえばCBR400RRに乗っていたなあ。今の拙僧の家庭内カメラ部屋の混沌具合からしても、思春期における拙僧の彼からの影響は小さくないな。その彼が高校生時代に傾倒していたのが8mmシネマだった。彼は特殊撮影を好んでおり、そのバイブルがフジカZC1000で撮影したとされる「あのウルトラマン」なのだ。他にも何某の企画書のコピーとかアニメスタジオのパイロットフィルムとか、どういうコネクションなのかよくわからなかったが、コレクションが豊富だった。彼と彼の友人による短編特撮映画(というかストック・フーテージだな)を観た。実際には8mmフィルムで撮影したものをテレシネで8mmビデオで再生したものだったのだな。1990年代に至っても、そういう本気で映画や映像を目指す青年は8mmシネマに一時期傾倒するものだった。拙僧よりもちょっとだけ上の世代である庵野も8mmシネマの経験があるそうだ。彼らを8mmシネマに向かわせた理由の一つは編集にある。当時のパソコンでは動画を編集することはほぼ不可能で、デザイナーが信仰するマッキントッシュですら、実質的には二次元画像の編集しかできなかった。ちゃんとした動画編集ができる機材を個人が揃えるのは、常識的には不可能だった。8mmシネマなら原則的にはハサミとテープで編集が可能だったのだ。もう一つの大きな理由は、やはり既に8mmシネマ機材は枯れた文化であり、確かに現像代は高かったがシネカメラにしろ映写機にしろ安かったのだろう。割と最近でも8mmシネマや機材を登用した若者向け映画やアニメが登場するらしいのだが、監督や演出の世代のアンソロジーなのかもしれないな。

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(映写機への8mmシネフィルムの装填はリスキーであり、拙僧もちょくちょくフィルムを千切っている)

 拙僧が自分で8mmシネカメラで撮影を始めたのは2004年からである。諸般の事情でカナダの移民生活に敗北し、精神面でも体力面でも絶望的な気分だった。東京から田舎の三河に逃げ帰ったのも、東京で生活するエネルギーに自信がなかったからだ。そんな時にハードオフでデットストックのフジカ ZXM300に出会ってしまう。価格は380円か480円だったはずだ。バンクバー在住時代にヤシカのスーパー8シネカメラに関心を持ったのだが、それは叶わなかった。カメラは50カナダドルだったのだが、映写機とかひとまず揃える勇気がなかったのだ。それでも、普通にDP屋にネオパンの現像を出しに行ったら、スーパー8を出している白人がいてびっくりした。DP屋の婆さんに聞いたら、今でも(2003年)ちょいちょい客がいるようで、先ほどのヤシカの中古のスーパー8を売っているカメラ屋を紹介してくれたりもした。ちなみに彼女はフジフィルムのネオパンを知らなかったな。ZXM300を手に入れた後に現行でシングル8のサービスが生きているのを知って感動したなあ。シネカメラを手に入れたら映写機も欲しくなるから、ハードオフで5000円前後でフジカスコープM35を手に入れ、2000円前後でフジカスコープM3を手に入れる。詳細は省くが、その後、1000円のフジカスコープM40とか180円のフジカスコープM20を手に入れてるが、使い勝手はフジカスコープM35が遥かにいいので、5000円はちょっと高かったが妥当な金額だろう。エルモ ST-1200HDもイイが、拙僧にはオーバースペックというか出来過ぎているな。

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(映写機で見る映像はいいもんですよ)

 この辺の8mmシネマ関係のコンテンツを作り始めた2004年と10年後の現在の2014年では8mmシネマの環境が全く変わっていて、コンテンツの妥当性は低いのだが、正直今更コンテンツを書きなおす気にならない。拙僧が疲れ切っていた時に8mmシネマと遭遇し、コダクローム40や育英社のリーズナブルなスーパー8の現像サービスに触れることができただけ幸せだ。今でもコダックではスーパー8のサービスを継続しているが、3分+αの撮影時間で5000円弱の現像料で、フーテージが返ってくるのは3カ月後である。拙僧の撮ってはシングル8もスーパー8も終わってしまった。しかし、妻との何気ない自転車ツーリングの風景や、きな臭くなる前の北京天安門を撮影できただけでも幸運だと思っている。これは20~30年後に妻と鑑賞して、我々の人生が幸せだったと再確認するために撮り貯めたものであり、10年後くらいだったらフーテージも引っ張り出すつもりはない。

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(左がシングル8で右がスーパー8)
(伝説のコダクロームに接することができたのは幸せだった)

 それで8mmシネマについては片が付いたのだが、困ったのはプレスト400の終了である。拙僧の師団はこの事実に動揺して士気の維持が困難になっている。既にプレスト400の流通量は限定的で、先日、キタムラでネット注文したらメーカー在庫は無く、三河近郊でひとまず集めてくれたそうだ。もっとも、これは3本パックで1000円ブツであり、1本400円くらいの単品売りは店頭で確認できる。

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(それなりに買い込んだプレスト400)

 今のところ、フィルム撮影のモチベーションを維持できているが、買い貯めたプレスト400が無くなると自信がないな。TMAX400なんて1本1000円になるそうだ。そりゃ無理っすよ。

 それでいて肖像権とかプライバシーとか、文句を言う連中がいるのだ。そういう連中が個人情報保護法を前文でも読んだのかといえば、そんなことは全くないだろう。要するに「ヤカラ」なのだが、そういう連中と関わるのも面倒だなと思い始めているのだ。

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(こいつは本当に血液である)

 もう、単車趣味に戻ろうかと思っているのだが、ホンダの2stオイルが製造中止になったら、拙僧は立ち直れないだろうなあ。
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(メトロを乗り継いで美術館めぐり)

 過日になるがGW初頭に妻と愛知県美術館のシャガール展を観に行った。拙僧の師団は7月にイタリア上陸作戦を控えており、戦力の温存の為にも今年のGWには目立った機動の予定はなかったのだ。しかし、1日ぐらいはユーノスロードスターNA8による静岡寸又峡日帰り温泉を遊撃したいと思っていた。しかし、妻共々体調を崩してしまい、GW中で作戦実施が可能だったのは初頭の2日ほどだった。

 実は拙僧はシャガールさんの作品を好きではない。というのは、シャガールさんは基本的に宗教画の方なので、一神教系を好まない拙僧とは親和性が低いのだ。それに、絵画や習作を観てみると書き直したのかわざと残したのか、背景に多数の人間の顔や姿が薄らと確認できて心霊写真みたいで好きじゃないのよ。そういうのって、宗教的な意味があるのかもしれないけど。それでも、ローマ遠征では美術館の1つくらいは眺めるつもりだったし、妻が美術館慣れしたいというので行ったのよ。美術館ってのは観るのもノウハウが無いと疲れるだけだからな。

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(美術館はこの近くのオアシス21という施設のテナントなのだ)

 結果的に言うと、凄く面白かった。絵のモチーフや例の心霊写真的な描写は好ましく思わないままだった。しかし、展示のコンセプトがシャガールさんの創作的モチベーションの経緯なのである。大掛かりな大聖堂のモザイク画の為に普通の画用紙に描いた大量の下絵が展示してあるのだ。最初は簡単な色彩バランスだけだったのが、段々線が入ってモチーフの概観を描くようになり、アイデアが固まってくると大きな画用紙に納品ブツに近い全体像を描く。絵の中に含む個々のモチーフもラフから始めて、徐々に詳細な絵になっていく。そういった大量の下絵を時系列に並んで展示しているので、シャガールさんの創作的モチベーションの経緯をたどることができるのだ。そりゃ、シャガールさんだって地道に下絵を描くしかないわなあ。思いつきでひょいひょい描くものではない。そういう天才もいらっしゃるんだろうけど、教会の寄付金で発注する以上、クライアントだって行き当たりバッタリで何を書くかわからない天才は嫌だよなあ。下絵ってのは拙僧の場合だと要求定義書とか詳細設計書とか運用手順書になるんだろうけど、シャガールさんだって沢山の下絵を描くんだから、拙僧なんか無い知恵を絞ってコツコツ図面を書くしかないよな。中小企業や飲食・小売店の経営者さんがHPやブログを立ち上げるのだが、地道にポリシーやらマーケティングを設計もせずに思いつきでやるから、継続が出来ないのだ。2年も更新ないHPやブログがあるなら即効で消した方がイイ。潜在顧客がそういう放置したHPを見たら企業の信頼性を疑うから。

カラーバランス
(こんなかんじのでカラーバランスを試していた)

 興味深いのは殆どの絵画や造形物に魚か魚をモチーフにした図記号を書き込んでいるのだ。端っこの方に小さく書いてあったり、大きく大まかに書いてあるので離れてみないと気付かないときもある。多分なんだけど、これはシャガールさん本人を表したアイコンなんじゃないかな。よく、漫画家が自分の作品に自分を登場させするが、あんな感じなんじゃないだろうか。横たわったヌード女性を露骨に見つめる頭部が書いてある変な絵があるのだが、愛知美術館のレジュメによると、それは本当にシャガールさんの頭部を書き込んだそうだ。その絵には魚が無いのは、実際の自分の頭部を書き込んだから魚を書く必要がないのだろう。

魚
(こんな感じのお魚さんがどこかに隠れている)

 それと寝そべった男女も必ずと言っていいほど書き込んである。一神教系の絵画だからアダムさんとイブさんなのだろう。そこそこリアルな人間として書いてある場合が多いが、図式化して十字架に近い描き方をしている場合もある。大抵の場合はヌードなのだが、ちょいちょい服を着ているのだ。シャガールさんだってクライアントが有っての商売だからな。三一の広告代理店の若い奴が

「シャガール監督、今回のCMは20時の枠だから子供が見るし、CX(フジテレビ)がハダカはNGだって言っているんですよ。」

って言ってきたら、「しょがねーな。今回はパイオツ抜きやるからよ。んだけど、いつももの魚は抜かねえぞ。」などとお応えしただろう。或いは

「シャガール監督、次回のCMは深夜枠でアーこムとかプーろミスと並びなんでモロ出しOKっす。広告主も好きモノらしいんす。」

と言われると、シャガールさんも多目にモチベーションが上がったのかもしれないな。

アダム&イブ
(もっと詳細な絵の場合もあるし、簡略化した図式記号の場合もあり)

 下絵に話を戻すと、大まかなラフ画だとパステルをクレヨンみたいに走らせたり、鉛筆で大まかなラインを描いている。少し細かいラインを探るときは鉛筆の他にもペンのようだな。当時はロットリングとかはあったのかねえ。カラーは大抵の場合、ガッシュを使っている。下絵ということもあるのだろうが、描き直しの為に頻繁にパッチをあてている。それが紙(ケント紙?)だけじゃなくて布きれとか新聞の切れ端とか切手だったりするのだ。それが面白くて凝視したんだけど、拙僧は既に老眼が始まっているのでメガネを外して至近距離でマジマジ観たのよ。そしたら美術館のスタッフに

「近づき過ぎないでください。」

って注意されよ。確かに2cm位近づいたしね。本物のシャガールさんの実描きのブツだから美術館だって万が一でも汚されたら困るよな。ちなみに切手はベトナム製でベトナム政府がクライアントのようだった。シャガールさんってフランスで活躍した方だと思うんだけど、ディエン=ビエン=フーでフランス人が負ける前の絵なのかしら。

 とにかく、面白い展示なので名古屋近郊の方はご覧になることをお勧めしたい。大物画家がこうも地道に試行錯誤をなさっているのは痛快だが、シャガールさんとしては世に出す予定ではない下絵もあったはずだから、天国で

「おいおい、あれは机の引き出しの下の方に隠してあった奴だろう。それは出すなよ。」

っておっしゃっているだろうな。

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(下書きではないがジャンクデジカメの試し撮りってのはこんな感じだろう)

 この日は他に大一美術館という個人所有の美術館にも行った。時系列的にはこっちへ先に行ったのだ。故人であるオーナーは、名古屋や愛知県に深く浸透する遊技場であるパチパチジャラジャラ系の経営で成功なさったそうだ。なので「大一」は「でーいる」とお読みするのかもしれないな。

 展示物はガラス工芸品で1階が常設のコレクション館、2階がイベント館で構成してた。拙僧は絵画よりも工芸品の方が興味があるのよ。コレクション館はガレさん、デイル=チフーリさん、ドーム兄弟さんで構成していた。拙僧が知っていたのはガレさんくらい。美術館は妻と2名で貸切状態だった。なので、パーフェクトな光源下で様々な角度で表情を変える、ガラス工芸品の表情を思う存分眺める事が出来た。素晴らしかったですよ。美しいかったですねえ。ガラス工芸品も量産品とカスタム品があるようなのだが、どっちが偉いとかそういうことではないな。どうも、東洋の影響があるらしく、時折、日本の陶器や朝鮮の白磁・青磁を髣髴するのも興味深い。2時間くらい眺めたのだが飽きなかったなあ。体力的に限界だったから大休憩したけど。2階のイベント館は典型的な近代アメリカ人のブツで、臓物めいたモニュメントとか軟体動物に苛められる裸体の男子幼児とかがお好きなようで、作者はかなり込み入った変態だろう。美とは程遠いのでスグサマ1階に戻って良いモノで目を労わった。

 やはり、タマにはクオリティの高い物と接するべきだなあ。愛知県美術館の常設館にはクリムトさんのデカい絵が展示してあって、あれだけでも常設館を見る価値があるだろう。

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(自分を撮る試みはデジカメの勃興期から存在した)

 シャガールさんと違って、我々写真趣味者は写真に自分を写すことができない。アシスタントにカメラを渡して、モデルと一緒に写りこんだ自分を写真として露出するテクニカリストもいらっしゃるが、かなり高度な才能がないとできないな。拙僧のような素人が真似できるテクニックではない。ここでいう写真は会社関係の飲み会で派遣社員の女子と自分撮りするアレのことではない。モチベーションは似たような物なのだが、それが写真という趣味の難しいところだ。

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(拙僧の師団で転がっているキヤノンはこんなモノばかりだ)

 ところが、最近のキヤノンのパワーショットでは、家族写真に撮影者であるお父さんの顔がワイプで写りこむ機能があるらしい。デジカメらしい機能だが、結局、お父さんはお母さんやお子さんの隣で写ることはできないのだろうか。

 なんか、お父さんの悲しさを助長するなあ。 このページのトップへ
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(ちょっとバレてる感じなのがイイ具合なのよね)

拙僧の写真趣味はモチベーションと「ライブ感」ですね。
面倒な権威主義や「リアリズム運動」を強制されるようなら写真趣味はヤメテいたでしょう。

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(キヤノンnFD50mmF1.8は拙僧にとってはモダンな部類のレンズだ)

とはいえ、大量生産可能なデジでも満足を得られないんですよね。その辺の、大衆的とユニークな特性との頃合が写真趣味の醍醐味と言えるでしょうか。
一方で「フィルムカメラの失敗するのが楽しい」とか「古いレンズの写らないところがイイ」というのも反対です。技術やコストの制約で数値的には芳しくないかもしれませんが、当時としてはベストを尽くした物であり、それで写真がダメならカメラやレンズが原因ではないでしょう。

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(ライブ感があれば何でもいいという物でもない)

イキナリ妙な切り口で始めてしまったが、拙僧の写真やコンテンツを見てくださり、質問や相談のメールを頂くことがあるのだ。拙僧は音は真面目なので、割とガチっとした返信をしてしまうのよね。後から読むとやな感じだと思うこともままあるのだ。SNS系の発信なら削除するけど、送信したメールは取り返しがつかない。発信だって読んだ方の記憶が消えたり、好適に上書きすることは出来ないから、やっぱり取り返しは付かない。そこが、SNSな世の中の難しいところだ。

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(さっきの写真を撮影したアグナー付きのADOX)
(ちゃんとレンズが曇っているが気づかなかった)
(勿論、写真の出来が酷いのは拙僧のスキルである)

今回は、そんな返信を公開してみた。頂いたメールを公開するわけではないし、「個人を特定できる情報」でもないので「このブログで権利を侵害されたとお考えの申し立てについて」には該当しないだろう。ニフティのブログだと、そんな文言が小さく載るのよ。拙僧なんて割と危ない橋を渡っているから、見つけた時にはちょっとびっくりしたな。そんなこともあって、拙僧の返信のいきさつは割愛するけど、大筋は御推測いただけるだろう。

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(この写真はメインブログで公開済かもしれないな)
(ブロニカS2+ニッコール7.5cmF2.8)

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シャッターフィーリングからするとブロニカS2が最高です。あのサウンドは女子にも官能的らしく、素人モデルが徐々にその気になっていくさまをネガで確認するのは、楽しいものです。気の毒に写真で生計を立てなければならない方々は味わえない快楽でショウ。次がペンタックス6x7でしょうか。スタジオ撮影では何かとマミヤRB67の方が都合がよいのでしょうが、モチベーションの高まりからすると、中判フォーカルプレーンシャッター機ですね。

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(ブロニカS2+ニッコール200mmF4)
(彼女はプロのモデルである)
(悪天候でかなり条件が悪かったのだが、ニッコールが本領を発揮しているか)

ライカの囁くようなシャッター音がイイというのは拙僧よりもかなり年配の方々で、彼らの青春時代にライカが憧れだったのでしょう。拙僧だって幸運な環境が整えたなら、素晴らしいコンディションのRG500ガンマかカルマンギアのコンパーチブルを飼ってみたいものです。確かに一眼レフはノイジィですが、被写体である市井の方々が、ニコンFなら警戒するがL型ライカだったら寛容だなどということは無いと思います。

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(目の老化でフォーカシングがきつくなったのですが、中判一眼レフのファインダーは別ものですね)

拙僧が被写体によってプライオリティに沿うとしたら、やはりレンズとフィルムの組合せが最優先です。ボディは結局のところ、ちゃんと遮光して適切にシャッターが切れればいいので。ただ、ボディの操作感覚が撮影のモチベーションを少なからず左右しますからね。拙僧にとってはAF一眼レフは相性が良くないです。スナップ撮影でモーター音が気になるというのもあるのですが、撮影リズムがしっくりこないです。

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(姪の運動会にバケペンでマジ撮影する面倒な叔父である)

ローライSLXって中判一眼レフのSL66シリーズの初期のモデルでしたっけ?
拙僧は手にとってこともないのですが、信頼性的におおいに怖いですね。

同じ価格を投資するのなら、クセナー付きのローライコードとフォクトレンダーコシナの21mmと15mmを確保します。いや、そもそも、モデル撮影費か海外渡航費とフィルム代に回します。

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(運動会ではバケペンの他にもライカ判一眼レフx2か高倍率ズーム搭載EVFデジカメの合計3台を首にかけ、両手首に2台のコンパクトデジカメを携帯して回しますね)

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最後の一文がなければお利口さんに見えると思うんですが。そこが、拙僧の人徳の至らなさですか。

次の文は抜粋なんですが、こういう話題はネット上では控えるんですよね。ところが、コミュニティの飲み会だと口が滑るんですよ。知らないうちに敵をつくっちゃうんですが、そんなことでへこたれる方は1年後には写真なんてヤメテ、もっと楽で楽しい事をしていますよね。

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Image13_2014050317134164b.jpg
(近いうちにメインブログの方で「青島6型」を報告させていただくんだけど、同じと思われるレンズを搭載したアグファのカメラで撮影した写真である。)
コンテンツと比べていただくと嬉しい)

あと蛇足なんだけど。

写真の楽しみってのは「自分のトキメキや感動を知る」「トキメキや感動を写真に残す」「写真を見て自分のトキメキや感動を思い出す」「写真を撮ることや見ることを人生に組み込んで楽しさや充実に加える」ってことだと、あっしは思っているのよ。「自分のトキメキや感動を知る」のが感性なのよね。「上手い」とか「綺麗」ってのは、他人の評価だし、そういう写真を見て感動するかもしれないけど、自分の人生軸とは違う物だから大して持続しないよね。中には撮影者の「トキメキや感動」が伝わるようなプロの写真もあるけど、大抵の場合は肉体労働による量産品。

DSCN0732.jpg
(これが、そのアグファ。写りはイイのだがボロボロと塗装が剥げるのが悲しいなあ)
(90年代以前の欧州車”ドイツを除く”が塗装が弱いのと同じなのかしら)

そもそも、感性ってのは誰でも持っているのよね。でも、自分の「トキメキや感動」を気づくってのが案外難しいのよ。感性が無いと写真を撮るというモチベーションも生まれない(はず)なんだけど。自分が撮った写真から「トキメキや感動」を思い出すのもコツがるようね。フレーミングだの構図などをお勉強するのが全く無意味なのは「トキメキや感動」をキャッチす感性というかセンサーを磨かないと、「人生に組み込んで楽しさや充実に加える」なんて無理だから。むしろ、「センセーの教室」とか「お利口さんのカメラの機能」は感性やセンサーを殺すよね。人任せやカメラ任せで御綺麗な写真が撮れたら、つまらなくなっちゃうから。

Image27.jpg
(ちょっと怖いお姉さんも好きなのよ)

でも、本当は自分の感性にフィットするフレーミングや構図はあるのよ。ただ、フレーミングや構図のお勉強から入ると感性を殺しちゃうから、優先順位が感性なのよ。だから「よくわからないんだけど気に入って撮っちゃった。写真を見返しても何か素敵な気がするんだよね。よくわからないんだけど。」っていう体験的なモノを積み重ねる方が大切なのよ。

DSCN3120.jpg
(このK2もISO感度リングが固着している)

キミの感性は「センセーに教えて貰った通りに綺麗なシグマのパンフレットと同じ写真が撮れた」とは違うので、頭を使って自分で試すしかなよね。

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などと偉そうなことを言う程のもんじゃないのだが。
説教じみたオッサンと思われたくないように注意しているんですが、やっぱり経年で頭が硬くなっていますかねえ。

DSCN0431.jpg
(マミヤRB67用の360mmF6.3で姪の運動会を撮影した欲求がある)
(凄く後悔しそうだけど、姪が遊んでくれるのもラストチャンスかもしれないしな) このページのトップへ

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