亜熱帯ジャンクカメラ・オートバイサーフィン

ネットオークションのカメラ・レンズの相場を知り安く買って時には売ってホットな写真ライフを楽しもう。気分はもう亜熱帯! 追記:オートバイ(バイク)・ツーリングの話もあり

 最初にお断りさせていただくのは、今回のブログはいつもと調子が違うんですよね。

 この間、ちょっとしたセミナーに参加したんですが、「夫婦喧嘩の収拾」を「ソビエト軍とドイツ軍の戦争」に例えたんですよね。そんなの全然わからないですよね。なので、主催者の方にメールで説明しようとしたのですが、拙僧のいつものアレで、やたら文章が長くなっちゃったんですよね。なので、このブログで公開させていただきます。カメラや写真とは全く関係ないので申し訳ないのですが。
 今回の話の趣旨は「夫婦喧嘩の収拾」で、読んで頂くのはミリタリーに全く関心のない方なんですよね。なのでミリタリーの視点から見るとおかしな点や足りない点があるんですが、そこは見逃してください。「地中海シーレーンの構築失敗から端を発するアフリカ戦線の敗北」とか「ウクライナは白軍に味方していたのでボルシェビキに睨まれていた」とか展開すると収拾がつかなくなるので。


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 ドイツの首都であるベルリンと、ソビエト(現ロシア)の首都であるモスクワの位置は、教室の壁に貼ってあった地図で確認していただきたいです。第二次世界大戦の要はソビエトとドイツの戦争でした。もちろん、オランダなどの低地諸国やフランスがあっさり負けたし、米英連合軍の西岸からのプレッシャーも重要な要因でしたが、ここではサイドストーリーだと思ってください。
 ドイツ軍のソビエト侵攻は圧倒的でした。1941年6月の作戦開始から半年でドイツ軍の主力部隊はモスクワに到達します。しかし、冬になってドイツ軍の進撃は滞ります。ロシアの冬は半端じゃないんで、戦車も戦闘機も動かなくなっちゃうし銃も凍って動かない。なので手榴弾とスコップで戦いを続けたのですが、そうなってしまうと組織化した軍隊の戦争とは言えないですよね。ところが、翌年になったらドイツはモスクワよりもかなり南のウクライナに矛先を変えます。ここでもドイツは勝ちまくるのですが、やっぱり冬が来て戦線は停滞。戦争の継続が不可能になってしまいます。結局、翌年の1943年からはソビエト軍の反撃が始めり、1944年には自国領からドイツ軍を追い出して1945年5月にソビエト軍はベルリンを占領。ヒットラーは自殺して第二次世界大戦のヨーロッパでの戦争は終結します。

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 ドイツ軍はなぜ負けたのでしょうか。もちろん、指揮官のヒットラーの人間としての出来に問題があったからだったのですが、そこは不問にしましょう。そういう意味ではスターリンだって相当問題のある人物です。ドイツの先兵隊はモスクワ市街に到達しており、モスクワ市民は市電や市バスを倒してドイツの攻撃の障害としていました。最も突出した部隊はクレムリンの塔が見えたそうです。日本で言ったら国会議事堂の手前の虎ノ門あたりまで米軍海兵隊の偵察隊が達していたようなものでしょう(?)。冬の到来で一時的に戦争が停滞しましたが、戦線は健全(でもなかったのですが)だったらか、翌年の春から再攻撃を始めればいいはずです。しかし、ドイツはモスクワ攻略の直前でウクライナに戦力を割いてしまいます。何故でしょうか?実はウクライナの先のアゼルバイジャンに油田があったのです。また、ウクライナそのものも穀倉地帯で、ドイツ本国の食料や戦争継続にも優位な資源でした。つまり、ウクライナやアゼルバイジャンは「甘い果実」だったのです。

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 ソビエト軍はなぜ勝ったのでしょうか。実際には負けなかったということですね。実はソビエト軍はただ負け続けて後退したのではありません。焦土作戦を行いました。焦土作戦は中世以前からの伝統的な戦争のやり方です。現在の軍隊はたいていの場合、輜重とか兵站を優先的に考えます。簡単に言うと食料や燃料、弾薬の補給です。ドイツ軍も当初は自国の兵站で間に合っていたのですが、何しろソビエトは広く、モスクワは遠いです。とても、トラックどころかロバで補給物資を運んでいた当時では間に合いません。なので現地で徴発します。つまり、占領した地域の敵国民から奪い取るのです。そうなると、ソビエト軍がドイツ軍の補給を消耗させようと思ったら簡単です。自国の穀物や燃料、市民や農民の住居まですべて破壊して後退するんです。ドイツ軍はどんどん先行してモスクワに近づくのですが、食料の補給ができません。ドイツ本国からは遠すぎるし、現地で奪おうと思っても、すべてソビエト軍が焼いてしまって灰しか残っていません。残っているのは疎開が出来なかった飢えたソビエト(ロシア)人だけです。そりゃあ、ソビエトの国民はたまったもんじゃないですよ。自分の国の軍隊が家も畑も焼いちゃうし、家畜は持って行っちゃう。成人男性も徴用して持って行っちゃったでしょうね。仮に畑が焼け残っていても、労働力だってないんですよ。兵隊にとられちゃったから。だから第二次世界大戦ではソビエトの国民が最もお亡くなりになりました。日本とはケタが違いますよ。餓死したり凍死したんです。

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 ドイツに勝機があったとすれば、やはりモスクワの攻略を優先すべきでした。スターリンはウラルあたりに首都を移して戦争を継続したかもしれませんが、厳しい戦いになったでしょう。スターリンはやる気でも、ウクライナやアゼルバイジャンの人たちからすれば、戦争はこりごりでしょう。だって自分の国の軍隊が家や畑を焼いちゃうんですよ。なぜ、ドイツ軍はモスクワ攻略を中途半端な状態で別の「甘い果実」に向かってしまったのか。これが「勝利者の脆弱性」なんですねえ。ドイツは素晴らしい勢いで、ずーっと勝っていたんですよね。ところがモスクワまで迫りながら挫折してしまった。だけど、挫折は認めたくないんですよね。なので、別の「甘い果実」への勝利目標を変えて挫折を誤魔化しちゃった。実は、ドイツの挫折はモスクワ攻略が最初じゃなくて、イギリス本土への侵攻作戦にも失敗しています。その結果、勝利目標をモスクワに変えて誤魔化しちゃったんですよね。

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 ちょっと前まで「倍返しだ!!」ってのが流行っていましたが、喧嘩は9割まで勝利を確定して1割は保留した方がイイですね。理由は3つ。

 1つ目は上手く勝ちすぎると調子に乗っちゃうんで油断が発生する可能性が高いんですね。相手や第三者に脆弱性を曝しちゃう可能性がある。ドイツみたいに最初の目標がイマイチ勝てないから、別の「甘い果実」に惑わされて、戦力を分散し、消耗して負けてしまいます。「勝利者の脆弱性」ですね。

 2つ目は完全勝利は周辺のコミュニティに悪影響を及ぼす可能性が高いですね。「あの人、やり過ぎよねえ。」と思われるのは、後々、自分の行動に制約が生じる可能性があります。

 3つ目は最後の一撃を保留して抑止力にするんですね。喧嘩の工程は大っぴらにしたくないじゃないですか。相手が完全に負けちゃうと色々と言っちゃうんですよね。捨て鉢になって。でも、最後の一撃を保留した状態なら黙っていますね。

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 やっと「夫婦喧嘩の収拾」の話です。あっしは喧嘩とは思っていないのですが、妻が何かと言ってくるときはありますよ。大抵の場合は、あっしの発言・行動・態度が至らないので、悪いのはあっしの方ですね。なので妻が真っ赤な顔をして攻撃的な言葉をぶつけてきます。でも、あっしはいっさい否定しないですよ。ただ、ひとしきり聞いてから「それはその通りだけど、別の角度から見るとxxxに見えるよね」とか「分かった、そうしよう。でも、スグには無理だから、ゴールは2週間後にして、まずはxxxから始めて論理的に妥当な工程表をつくろう」とか応えます。勿論、妻は納得しないですよ。どんどん攻撃的な言葉を続けます。妻の攻撃的な言葉を一切否定せず、論理的に分解し、視点を変えて別な表現にしたり、言葉のママの要求を仮定として計画を立てて未来予測をする。喧嘩でぶつける言葉なんて論理的じゃないですよ。それを別の表現にたり、真に受けて現実化を仮想するのは「焦土作戦」なんですよね。攻撃を続ければ続ける程、攻撃側も消耗するんです。妻の言葉を否定したら妻の攻撃は満足なモノになるんですよね。妻の攻撃目標が確定するとモチベーションが上がるし、打ち勝てば嬉しい。つまり、生産的満足感が生まれてしまいます。喧嘩は攻撃し合うから成立するんです。だからあっしは撤退する。妻の言葉を正当と仮定して、その意味や未来予測が広がれば広がる程、その領域は不毛な物になるんですよ。あっしは妻の攻撃目標も確定しないし、生産的満足感も生まれない。その不毛な消耗に妻が気づくまで、あっしはモスクワまで撤退してもイイですよ。場合によっては別の「甘い果実」を用意し、更に消耗戦に持ち込む。

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 ソビエト軍はドイツ軍が消耗しきった時に、ウラルに疎開していた戦車部隊や攻撃機を投入してドイツ軍を壊滅させました。でも、あっしの戦略的な目標は妻との良好な夫婦生活ですからね。仲良くしますよ。戦略的な目標の獲得の為なら、全てを焦土化してモスクワまで撤退します。でも、最終的には必ず戦車部隊をベルリンまで送りますよ。

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 拙僧はニコン者である。今ではEOSよりも安くて使い物になる中古のD3100が普通にキタムラ中古コーナーに転がっているニコンブランドであるが、拙僧が幼少期にはニコンというブランドは「世界最強」を意味していた。いや、そんな気がするな。拙僧が幼少期の頃はカメラや写真に興味はあまりなく、前世界大戦で極めて音速に近い速度を出したMe163Bコメートの稼働時間が3分弱だったり、同様にロケットモーターを積んだ我が国の「桜花」が決死の特攻兵器だったりして心を痛めていた。その後も、モスクワ放送を聞いたり、「xxのプラモのT-34はウラルに疎開していた工場がタンクグラードに戻って来た記念に生産した物だな」などというムシケラみたいな情報で喜んでいた。間違った道はついに修正できなかった。タイムマシンがあれば、中学生の拙僧に「とにかく、今、パンツを見せてくれる女子を大切にして、何も考えずに”夕焼けにゃんにゃん”を見ろ。戦車マガジンとかイズベスチアとかは忘れろ。」と指導するのだが、それは叶わない。

 そんな拙僧にもニコンのブランドが高位であることは知っていた。

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 話は全く関係ないのだが、極虎一工業高校の先輩がヤポーニツ光学に入社したのだ。先輩はヤポーニツ光学の社内大学を満足な成績でマスターしたのだが、それが素晴らしいことだと拙僧が気づくのは、かなり後になる。ヤポーニツ光学のカメラは、新設したばかりの拙僧の西八王子師団の戦車連隊の主力となりつつあった。重戦車としてはブロニカS2だったのだが、実質的に戦争を決める中戦車はヤポーニツ光学なのだ。当時配備していたのはT-72EMである。これはヤポーニツ光学としては、かなり頑張った廉価機だが、実質的には上位機と大して変わらない金のかかった戦車で、ヤポーニツ光学も売れた割には儲からなかったとされている。ヤポーニツ光学が本格的に合理化して儲かり始めたのはT-72FG、或いは西側の言うところのT-72FG20だとされているな。フルンゼ陸軍大学でそういっていた気がする。師団の手持ちとしてはT-62FEも配備していた。ただ、これはシャッター幕が不安定になり、ヤポーニツ光学のハリコフサービスセンターに先輩を介して出したのだ。先輩からは

「1/125を超えるスピードは、全く保証できないから。」

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と言われて返してもらったのだが、今になってもその個体でトラブルが発生したことは無い。もっとも、現在ではT-62FEも余剰となって、どの個体が初期に配備した物なのかよくわからないのだが。それはともかく、実際の戦闘はT-72EMで問題なかったのだが、何しろ絞り優先AEとメカニカルシャッターの1/90、それにバルブしか選択ができない。拙僧の師団参謀としての経験も浅く、ブレーミヤで「プロは電池不用の機械式シャッター機が必須」と書かれていると、そういう物かと思っていた。なので、先輩に適切な予備中戦車の選択肢はと聞くと、T-72FM10だと仰るのだ。当時、硬直した戦車予科練ではT-72FM10は栄光あるヤポーニツ光学製ではなく、ハンガリーのコシーナ車輌工場製だとされていたのだ。しかし、半端物の雑多な諸兵科連合師団のサンピン参謀の拙僧を鼻で笑って、ヤポーニツ光学のステッパー技術高級将校の先輩は

「あれは、俺の上司(先輩か教官だったかも)のプロディースなんだよ。」

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(添付画像は本編とは全く関係がございません)

と、仰っていたな。既にコシーナ車両工場はゲルマンスキーのブランドを接収しており、現在では正式にツアイース財団を継承しているのは、ご存じの通りだ。

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 そういえば、拙僧の師団が初めて配備したペンタックスMXは、その先輩から5000円で売ってもらったんだっけ。大分くたびれていたが、当時はメカニカルシャッター機というだけでもプレミアムで、ペンタックスMXとなったら、綺麗な個体だったら5~10倍の価格になったから随分安く譲ってもらった物である。先輩は極虎一工業高校時代に天体観測をなさっていたから、何かとペンタックスMXが都合がよかったのだろう。そういえば、長いことタムロンの500mmF8ミラーレンズを借りていたなあ。あれも天体観測で使ったのかなあ。怖い先輩だったが、真冬の夜の東イルクーツク(東イルクーツはイルクーツク市やミナーノ属州の民衆からは、イルクーツクの文化圏として認められていない)の牧場をスズキのウルフ50で攻めていて、バルブが切れた時も助けてもらったなあ。吐く息がたちまち結露して凍る真冬の夜に原チャリで峠を攻めていた拙僧の、命の値段の低さに泣きたくなるが。埼玉県でx番目に馬鹿な工業高校だったが、知り合った方は素晴らしい方ばかりだ。いや、40も過ぎて国際結婚妻に食わせてもらっているヒモ中年のあっしが特殊なのだろうな。

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 話が全く本流に戻らないので強引に修正するが、ペンタックスは「偉大なる指導者」でもなければ「日米2度の侵略戦争をはねつけた英雄」でもなく、「老農民と共に歩く友人」なのである。これは、ペンタックスにとっては名誉称号であろう。拙僧が初めて手にしたペンタックスはMXだったが、それより前にプラクチカマウントのユピチェリ9を手に入れ、マウントアダプターでEOS630に付けていた。なんだか、話が凄く旧く感じるのだが、1997年くらいの話である。既にカシオのQV-10で勃興したデジカメ連合共和国がフィルム帝国を弱体化し始めていた。次に手に入れたのがSMCタクマー35mmF3.5で、次がSMCタクマー55mmF1.8だったと思う。順番は逆だったかも。とにかく、タクマーは安かったのだ。SMCタクマー55mmF1.8は、当時健全だった新宿のドイで2000円を切っていた。なのにネオパンFでもT400CNでも素晴らしい写りをした。今でもライカ判のモノクロフィルムで女性ポートレイトを撮るならタクマー55mmF1.8が最高だと思っている。それで実際のモデル撮影会には動員しないのは、現在の拙僧の師団では祖国の興廃を賭けた戦争はペンタックス6x7なのだ。20代女子を相手に接近戦で決着をつけるとしたら、ペンタックス6x7にタクマー45mmF4が最高である。

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 今でも「共に歩く友人」としてのペンタックスの素晴らしい存在感は変わらない。しかし、ペンタックスも歳を取ったし拙僧も歳を取った。ペンタックスの人生は順風満帆ではなく、今はリコーの傘下となっている。しかし、それもHOYAあたりに消耗品として扱われるより、よっぽど幸いだったろうな。ペンタックスもMシリーズが健全だった頃までは迷いが無かったと思われる。それがAとかPとかになると怪しくなって行く。そしてAF時代に移行して、実直が身上のペンタックスは自分の立ち回り方が良くわからなくなってしまったようだな。SFシリーズだって、見た目が本当にSFというか「ガンダム」よりは「イデオン」なのが不幸だったが、実際に使ってみるとファインダーのキレとか、ちゃんとペンタックスだった。Zシリーズの低い評価は不当だとしか思えない。確かに、スタイリングはZ-1だろうがZ-50だろうがカエルにしか見えないが、文句を言う連中は、あの軍幹部の見やすい液晶パネルでちゃんと撮影したことがあるのだろうか。思うに、「ハイパーマニュアル露出教徒」の布教活動は、ペンタックスにとってはマイナスにしかならなかったのではないだろうか。MZシリーズになって「過剰気味だった未来デザイン」が常識的なモノになり、落ち着いた本来のペンタックスのアイデンティティを取り戻したように見えた。しかし、時代は一眼レフカメラを短期的な消耗品に追い詰め、「実直に共に仕事をこなす」だけでは通用しなくなっていたのだ。

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 MZシリーズも大きく一桁シリーズと二桁シリーズに分かれる。一桁シリーズがプレミアムで二桁シリーズが安物だ。オリンパスのOMシリーズを思い浮かべるが、枝番の桁数でクラスを分けるのは近代のデジ一眼レフも同様である。MZシリーズは、細かいところでは電池蓋のヒンジが樹脂にスリットを切ったもので、耐久性が怪しいとか、樹脂製ボディが露骨に樹脂なので手が萎えるとか、何かと不都合があった。しかし、致命的なのは「モーターの空回り」という決定的な不具合が発生するのだ。どうも、モーターに直結した樹脂製のピニオンギアにクラックが入り、不動になってしまうのらしい。これはキヤノンのEOSの持病であるシャッター幕のモルト崩れなどと違って、全く撮影が不可能になってしまうので致命傷である。ミルフィーユみたいなプリント基板を剥がして修理なさる方のコンテンツもあるが、そういうのは神業で素人には不可能だな。これはMZ一桁シリーズでも二桁シリーズでも例外無く発生するものである。MZシリーズが興った後も、ペンタックスには旗艦モデルが無かった。あえて言えばペンタックスLXが旗艦モデルであったが、これは良いカメラだがMF一眼レフであり、本気でニコンF5やキヤノンEOS1Vと戦うのは無理があった。

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 正当な評価を得ていないZシリーズは、これと言って不具合を聞かない。それでもペンタックスのAF一眼レフに熱くなれなかったのは、そもそもペンタックスのAFレンズは感心が無いし、関心があるリミテッドシリーズは到底手に入らない高価な物だった。なのでAF時代のペンタックスは遠い存在だった。

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 時代はイキナリ21世紀に飛ぶ。そうは言ってもMZシリーズに関心はあった。いや、MZ-10とかMZ-50なら捨て値で転がっている。三河では、取りたてて問題なさそうなMZ-50が200円くらいで普通に転がっているが欲しくは無いな。欲しいのはMZ-3やMZ-5、そしてあまり評価されていないがMZ-7だ。MZ-3とMZ-5はAF時代にMF時代の一眼レフの操作系を実装したことで老ペンタックスファンに高評価だった。しかし、ペンタックスMZ-7は大した評価を得ていない。無論、カメラとしての出来は悪くないのだが、モードダイヤルのアイコンが光って適切な撮影モードを選択する「オートピクチャーモード」が軟弱だとして老ペンタックスファンから敬遠されたようなのだ。しかし、拙僧はそのアイコンが光るギミックに魅かれたのだ。それでも1000円を超える価格帯で確保するのも考えちゃうよな。だって、既にフラッシュのオートポップアップ不良のMZ-5を1200円くらいで落札して確保したし、KマウントのAFレンズはタムロン90mmF2.8マクロを処分して以降、安ズームレンズばかりで大したものは手持ちに無かったしな。MFレンズなら1000円で拾ったMV-1でも100円で落札したK1000でも問題ないわけだし。MZ-7が手に入ったとしても、KマウントのAFズームレンズを積極的に使うなんて絶対にないよな。

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 しかし、MZ-7に対する渇望は収まらない。まずは、名古屋の食わせ物のカエルカメラで1000円のジャンクを拾うのだ。ここんちがジャンクと判断するということは絶対にジャンクなのだが、ジャンク品50%セール中で純正のストラップがついていたので、ストラップ代だけでも500円を払ってもイイと思って確保。それで、ブツはちゃんとモーターのカラ回りする完全ジャンクだったのだが、夢を買ったと思えば安いものだ。

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 それよりも、問題なのは手持ちのペンタックスが壊れ始めたのである。MZシリーズではなく、古いモデルはペンタックス6x7で新しいモデルはペンタックスP30とかだな。先日の「近所山車祭り」でも、ペンタックスMGがフィルム2本を通した後に壊れた。それでもペンタックスの友人としての信頼が揺るがないのが、壊れるのが家を出る前とか、フィルムを撮り終えた後なのだ。電車を乗り継いで苦労して現地まで行ったら壊れていたとか、フィルムを撮り切らないうちに壊れたとかではないのだ。P30とP30DATEとP30Nの3台が、全て動作不良だったときは床に叩きつけたくなったが、それだって出動の前だからな。どうも、本当に駄目なのはP30Nだけで、他は動きそうなのだが、ちょっと怖いなあ。何れにしろ、既に20年以上前のカメラだ。ペンタックス6x7なんて、電子シャッターを搭載したカメラとしては最も初期の物だ。壊れていても文句も無い。拾ったのだって、高くても2000円だしな。壊れる前に使わなかった拙僧が悪いし、お亡くなりになったペンタックス6x7だって、幼稚園年少時代から小学校2年生までの専属モデルである姪の運動会というクリティカルな戦場で効果的な働きをした。あれだって、4000円くらいで拾ったものだ。礼を申して彼岸に送るのが正当だろう。

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 それでも、ペンタックスの電子シャッター機はそろそろ手を出すのが怖い。最近でも510円でK1000を落札したし、RELIANCE35mmF2.8付きのペンタックスKMを1000円で落札した。まだ撮影していないが、ちゃんと動きそうだ。RELIANCE35mmF2.8はプリセット絞りである。しかも、よく見たらKマウントではなく、Tマウントだった。しかし、Tマウント->Kマウントアダプターが手に入ったと思えば得したようなものだ。TマウントアダプターはプラクチカマウントやFマウントやFDマウントなど、既に複数所有しているしな。それはそれで気の毒な話なのだが。ところが、先日、名古屋の大型リサイクルショップのジャンクコーナーで*istが転がっていた時には悩んだ。デジ一眼レフの*istDSではない、フィルム一眼レフの*istだ。プライスタグは2000円と強気。MZシリーズなら壊れている可能性が高いが、*istだと確認される個体が少ないのでわからない。なので当日はスルーし、後日に2個のCR2を持参して動作チェックをした。図々しい話だが、勿論、店員に一言した。万引きだと間違われると嫌だからな。それで、その*istは壊れていた。どうもシャッターが切れない。例のモーター空回りとは違うようなのだが、完全ジャンクなのは間違いない。それよりも、ジャンク駕籠に前回には無かったMZ-7が転がっていたのだ。2個のCR2を詰めるとシャッターは切れて巻き上げも大丈夫そう。その辺りに転がっていたFA35~80mmF4~5.6をつけるとAFも大丈夫のようだ。ボディが300円でレンズが500円だった。無論、速攻で確保だな。やはり、拙僧にとってはペンタックスは「良き友人」なのだろうか。前述の完全ジャンクのMZ-7のストラップを組み合わせれば、当時の気分だ。

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 そういえば、極虎一工業高校の同級生でアーサヒ光学に入社した友人もいた。彼は拙僧のような喋りではないので業務内容は知れなかったが、光学系の最終的な検査をしているようだった。タダの検査要因ではなく、不具合が発生したレンズの問題を特定し、何かしらの結論を下す立場だったようだ。アーサヒ光学のオガーワ工場が閉鎖となり、彼は職を失ったが、アーサヒ光学はポストを用意していたと思う。職を辞した彼はイルクーツクから離れるのを良しとしなかったのだ。こういう土着意識は大陸流浪人の拙僧には理解できないところだな。彼は山間の野花の知識から、マシニングセンタの素材に対応した適切なオイルとビットの回転速度を瞬時に明確にする素晴らしい頭脳の持ち主である。自転車にしろ、光学機器にしろ、電話をするとあらゆるジャンルの回答が返ってくる。イルクーツクなんかに拘らなければ充分な年収を得るのは容易だろう。実際、イルクーツクにおいても彼の才能を眠らせることは無く、国内も海外も忙しく飛び回っていて、拙僧が気まぐれに帰郷しても会ってくれないな。

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 最近になって気づいたのだが、拙僧の通っていた極虎一工業高校は埼玉県でx番目に馬鹿な工業高校だったが、実際の生徒が全てお利口でないわけではなかった。イルクーツでは高校の選択肢も限られるし、何かと事情が有って大学は選択外だから極虎一工業高校で良好な就職先を狙った方もいらっしゃったのだ。拙僧の友人・先輩後輩は素晴らしい方々ばかりだ。中には空軍の整備兵から才能を買われ、士官学校を卒業した友人もいる。元アーサヒ光学の友人には、あらゆるスキルにおいて拙僧は敵わない。しかし、現在の女子友達の数は勝っているな。いや、拙僧はプロ女子は感心が無いので、20代の頃から連絡を継続していたり、三河に流れてから地道に開拓した女子友達だ。

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 それで、現在進行形で国際結婚妻に食わせてもらっているわけだ。つまり、埼玉県でx番目に馬鹿だったのは極虎一工業高校ではなくて拙僧個人なのだろう。馬鹿とは言わないがロクデナシなのは否定できないな。

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 過日、妻が

「電車の中でトーサツしていたでしょ?」

 と言うのだ。穏やかじゃないっすよね。滅多に妻には声を荒げない拙僧も「んあ?」と口から洩れてしまったよ。なんでも、電車の席に座ってレンズだけ対面の席に向けて、自分は真正面にを向いてトーサツを気取っていたらしい。無論、全く身に覚えがない。そうでなくでも危ない橋を渡っているのに、面倒なリスクを抱えるもんかい。プラットホームとか構内なら撮影するけど、そういう時は露骨にカメラを構えて「トーサツじゃないっすよ」とアピールして撮るの。それでがOKかというと、そうではないけど。確かに、その少し前に妻と名古屋に行ったことがあった。しかし、拙僧は妻との時間と「拙僧の撮影」は両立しないと思っているので、拙僧にしてはカメラの編成は少なく、3台で構成した。メインはミノルタのMF一眼レフにMDかMCの50mm、サブはディマージュA2だった気がするなあ。もう一台は覚えていないのだが、多分、キヤノンIXYデジタル(初代)とか、屋内で満足に撮影は不可能なクラシックデジカメだった筈だ。「トーサツ」するにはMF一眼レフもディマージュA2も目立ち過ぎである。いくらロクにファインダーを見ない拙僧だって、50mmでしかも屋内撮影で目測は無理だよねえ。可能性があるとすればディマージュA2だが、拙僧はどうにも電車内でディマージュA2を出した記憶がないのだ。本当にするなら、高感度が期待できて広角をカバーするコンパクトデジカメにするよな。

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 妻に指摘されたのが朝で、納得しないまま諸般の事情で昼には出かけたのだが、帰宅時間帯にやっと気付いたのだ。確か、拙僧が動員したのがミノルタX-7の気がするのだ。それで、電車内でフィルムを装填したのだ。御存じの通り、ミノルタX-7は絞り優先AEのみのビギナー機である。こいつはニコンEMみたいにフィルムカウンターが1を示すまで、メカニカルシャッターになって1/90で切れるなんて気が利いていないのだ。だから、レンズを床に向けたままで空シャッターを切って巻き上げようとすると、シャッター速度がスローになって何かと都合が悪い。なので、明るい窓の方にレンズを向けて空シャッターを切ったのだ。無論、撮影するつもりはないからファインダーは覗いていない。それが妻の言う「レンズだけ対面の席に向けて、自分は真正面にを向いてトーサツを気取っていた」ように見えなくはないな。正直言って、最初は妻を叱咤したい欲求に駆られたのだが、そういう風に見えたのだから仕方ないな。実際に、何処に秘密警察が潜んでいるのか知れないから、やはり誤解を与えないように気をつけるしか選択肢はないだろう。

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 ではどうかというと、拙僧のコンテンツをご覧いただいた方なら「あんたのスナップ写真は、完全に一線を越えているよ。」と指摘されても仕方ないだろう。そもそも、記念写真でもなく、家族写真でもない写真を無節操に撮るなどというのは、人目をはばかる行為なのだ。なので、怒られたらいつでも謝る覚悟はしていた。それでも、何時かは問題に発展するだろうな。それで、「何時か」が来てしまったのだな。

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「兄ちゃん、今のはいけませんねえ。」

 と、肩を叩かれるのだ。先日の奥三河のビレッジ祭りで粋な兄さんに諭されたのだ。どうやら、さっき撮った日陰の携帯女子が気に入らないらしい。それで、拙僧は即効で誤って画像を消しましたよ。彼が武闘派だったら、裁判抜きで消されるじゃないですか。いや、粋な兄さんは本来は武闘派なのだろう。彼は地元の大切な祭りを「ムシケラの様な中年オヤジ」で騒がせたくなかったから見逃してくれたのだろうな。拙僧も気を抜いていたのは確かだ。動員したカシオQV-2900UXが想像以上に使い勝手が悪く、日陰の携帯女子何て絶対に撮れないだろうと思っていたので気さくにレンズを向けてしまったのだ。向こうから見ればトーサツなのだから、弁解は無い。
 ちなみにスイバル式は、かなり鍛えないと撮影スタイルが妙になるので、キャンディットフォトには向いていないんじゃないかな。カメラも目立つし。

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(2013年にオートボーイSをご活用とは、名のある方なのだろう。)

 困ったと思ったのは別の事なのだ。拙僧はカメラを構えている方も撮るのだな。それが安いフィルム一眼レフカメラだとか、「写るんです」だと、これは押さえておかなければと思ってしまう。祭りだったら祭りの主人公の方々は撮ってもイイのではと思っている。レンズを向けて嫌そうだったら撮らないしね。しかし、撮影している方を撮るのは問題を誘発するかもしれないな。というのも、実際にはどこを撮っていても同じなんだけど、拙僧がカメラを構える姿を撮って、それをSNSの何かしらにアップロードして、「キモイ、トーサツ野郎」とキャプションがついてしまったら、収拾は不可能だ。祭りに参加するネーさんを撮っても、それが侮辱的でなければ構わないと思っているのだが、案外、カメラを構えている方はナーバスだからな。その方面のトラブルは発生しかねないな。そうでなくても、拙僧は1度に5台くらいのカメラを使い回しているから、多方面から警戒されているだろうし。そういえば、その奥三河のビレッジ祭りで高齢男性から声を掛けられた時には「迂闊だったか」と思った。結構な高齢男性だったのだが、ニコンF6に新型80~200mmF2.8をつけて構えているのに感銘を受けて、それこそトーサツしたのだ。しかし、彼は極めて友好的だった。拙僧のキヤノンFTとかコニカC35EFとかを使っているのに好感を持ったらしいな。拙僧のコンパクトデジカメも含めて8台のカメラが入ったバックを見せたら

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「若い人はイイねえ。そんなに沢山のカメラを持って歩けて。」

と、仰るのだ。いやいや、バッテリーパック付きのF6に新型80~200mmF2.8をつけて1脚を杖代わりに歩く爺さんの方が遥かに大変だよ。彼のベルトポーチがコンタックスTシリーズの物だったので指摘したら、入っていたのはリコーGR-1Vで、胸のポケットがGR-21だったな。実際に使うのはGRが多いと言っていたが、そりゃ被写体に1.5mまで寄れるビレッジ祭りで80~200mmは長すぎだわなあ。

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(奥三河は案外、フィルム率が高くて嬉しかった。)

 更に想像力を膨らませると、奥三河まで単車(ジェベル250XC)で行ったのだ。拙僧は、あんまり単車と写真趣味を組み合わせないのだが、渋滞すると思ったし、駐車場もイッパイだと思ったのだ。実際にはそれ程ではなかったのだが。

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 それで行きも帰りもいい調子で走ったのだ。なにしろ気温が23度くらいだし湿度も低いから単車を転がすには最高だ。アクセルは、ほぼ全開。マークXもレクサスISも「S字の奥でキメキメ」だ。しかし、もしかしたら拙僧が疾走するのを撮影して、SNSにアップロードして「暴走するバイク」とかキャプションを付けらると困るなあ。今のスマートフォンなら綺麗にナンバープレートが確認できるだろうし、ご丁寧に位置情報付きだ。もしかしたら、ご近所のすり抜けバトルとかxxxとか既に撮影されて、拙僧の生息域は特定されているかもしれないな。やっぱり、トーサツは良くないな。

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(なかなか見かけない、ニコンの一眼レフとミラーレス一眼の同時運用。)

 気のせいか、最近、拙僧の行動半径内の白バイの配置が変わったようなのだ。実際に切符を切っている場所は同じなので、潜んでいる場所が変わったらしいのだが特定できない。連中もSNSとスマートフォンの位置情報を駆使して猟をしているのだろうな。メンドーな世の中だなあ。

PA130018.jpg

 話は全然変わるのだが、大抵の物は東京の方が質が良くて安いが、中古車だけは三河が強いな。この辺りは自動車関係の会社が多いとはいえ、トヨタS800やロータスエラン、ロータスエリートを自分で弄っているとは思えないな。今回、初めて工房の撮影に成功した。ここは、普段は薄汚れたシートがかぶさった四ツ輪が置いてあるだけで、ヤードにしか見えなかったのだが、この日は3連休の初日で稼働状態だったのだろう。こういう所に隠れていたとはな。肝心な日だけ、オーナーが迎えに来るのだろう。

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(ヨタハチ以外にも、いろいろとお宝が。) このページのトップへ

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