亜熱帯ジャンクカメラ・オートバイサーフィン

ネットオークションのカメラ・レンズの相場を知り安く買って時には売ってホットな写真ライフを楽しもう。気分はもう亜熱帯! 追記:オートバイ(バイク)・ツーリングの話もあり

この間の夜間講座である。テーマは忘れてしまったのだが、講師は中々興味深い経歴の持ち主だった。国内一流大学院を卒業後、ヘリコプターの研究開発をしていた人物だ。現在の年齢が69歳だから引退後のお遊戯で中小企業診断士を取得して、講義を受け持っているのだろう。いいお爺さんだから、講義の最初から帰りに呑む気満々の体であった。それに拙僧が参加するかどうかは女子の参加次第と思ってはいた。それで、講座の後にいつものように質問をぶつけようとしたのである。そしたら、

「後でメールでお願いします。」

と、素っ気ない。あれれ、んじゃ飲み会の時でいいですか?

「飲み会はRikkieさんだけを相手にする訳ではないから、時間があればね。」

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うーむ、ツレナイなあ。もかしたら、講師の中で「関わると面倒なアロハ男がいる」と警戒されているのだろうか。拙僧の通常の戦術は「小難しい話や複雑な話を講師にぶつけて、十分に周囲に警戒感を与えた後に女子の横に移動」なのだ。講師が相手をしてくれないとツマラナイしなあ。と、思っていたら何時の間にか例のバツイチ女子が呼びもしないのに横にるし、そのまま居酒屋に行ったのだが、誘導もしないで隣に座ったよ。前回の飲み会でどんな話をしたのかもよく覚えていないのだが、それなりに女子に響いていたのだろうか。そうなったら、別に「講座の質問」なんてどうでもいいや。早々に女子と白ワインのデカンタを3本空けたよ。なかなか、イケる口な女子だなあ。それで、「湘南って知っているでしょ。俺らが中学生の頃に湘南爆走族ってあったんだけど。ところが実は湘北っていう地域があってね。”ちゅーぶ”って夏の海岸っていうイメージがあるんだけど”ちゅーぶ”は湘北なのよ。例の有名な海岸があるのは湘南なんだなあ。それで、”なかいくん”は湘南の結構な暴走族でね。例のSのよ。八王子にもいろいと噂が届いたんだけどね。いや、世代的にホワイトナックルとの関係は良くわからないのだが。」と、拙僧のボキャブラリーの中でも、かなりクダラナイ話題を展開していたのだ。そうしたら、不意に講師が拙僧の前に座るのだ。

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「そういえば、Rikkieさんから質問があったよねえ。」

と、仰るんだが、質問なんて女子に「女子高生時代のセーラー服姿の写真を見せてくれ。」と、ニアセクハラな話をしていて忘れちまったよ。そしたら女子は

「お母さんが燃やしちゃったと思う。」

とかいうんだなあ。ええ?お母さんも自分の娘の写真を焼くなんて意地悪だねえ。と思っていたら、女子は自分が女子高生時代のセーラー服を持って来いと解釈していたらしい。いやいや、拙僧はそこそこの変態だけど、流石に30代女子にセーラー服を着て来いとは言わないよ。あ、でも、ちょっと楽しいかも。

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それよりも講師対策だ。こういう時は初戦で有効な打撃力で圧倒し、敵の前線を打ち砕く必要があるのだ。先生のターゲットが拙僧では無くて、拙僧の隣の女子なのはわかっていたが、そう簡単に渡すわけにはいかないな。先生が研究室に入ったのって何年ですか?西暦でないと拙僧は分かりません。1960年代ですかなるほど。そういうと、ヘリコプターのパワーソースは既にターボシャフトですね。拙僧の理解では朝鮮戦争までがレシプロエンジンだったと思うんですが。

「良く知っているねえ。」

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と関心を惹いたよ。それで、拙僧はどうしても思い出せないんだけど、シコルスキーの何とかっていうヘリコプターがレシプロ最後のヒット作だったと思うんだが。ううむ、思い出せない(S-55のことが言いたい)。自衛隊も使っていたしイギリス人も作っていたなあ。ソビエトがコピーしたのがMi-4で、それを中国がコピーしたのがZ(直昇)-5ですな。それがベトナム戦争ではターボになったと(講師は一貫として”タービン”と呼んでいた)。その時のヒット作がUH-1、所謂、イロコイスですな。

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(ちなみにZ-5は、こういうヘリコプターだ)

ところで、先生はさっきから何回も

「自分の技術は20年前の物だから、現在は通用しない。」

と、仰っていましたな。しかし、拙僧はそうは思いませんねえ。ヘリコプターの基本的なパッケージングはイロコイスの頃から、それほど大きくは変わっていないと思います。オスプレイはちょっと例外として、ここでは外してください。勿論、素材技術が向上して軽くなったり、ターボエンジンが効率化して燃費が良くなったりしたけど、根本的な技術はそんなに変わらない。つまり流体力学とか航空科学の分野がガラッと進化わけではない。進化したのはオペレーションインターフェイスの部分。つまり、末端のセンサーからの情報をパイロットが認識し、オペレーションを末端のユニットに伝達する手段。だから・・・

「制御系だ!!」

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そう、制御系です。制御系のコンピュータ化は、この20年間でガラッと変わった。そうでなければステレス戦闘機とかステレス爆撃機がひとまず飛んで空戦機動なんて出来るわけがありませんな。
その後も「オスプレイが使い物になるかどうか」で盛り上がったんですが、拙僧は話題のテージを下げよう、あるいはベクトルを変えようと思っていたんですよね。というのは、その種の話題は拙僧は楽しいのだが女子には全く響かないのだなあ。なので、女子受けする話に水を向けなければならないのだが。それでも、講師が目の前に座って30分もしないうちに。

「やめてよ、Rikkieちゃ~ん。そんな歳じゃないよ~。」

と言わせるほど砕くことが出来ましたな。これは、拙僧が「マチコ巻き」の話をふったんですな。講師の年代が「マチコ巻き」まで遡らないのは拙僧も知っていましたよ。男子ってのは本当に馬鹿だなあと思うのが、講師が「もう、(女子に)モテないよ。」というので、いやいや、そんなことは無いと。ちゃんとキャバクラに行けばプロが「マチコ巻き」の話で相手にしれくれますと軽口を叩いたのだな。その反応が前述の通り、なかなか良かったのだ。しかし、60年代にの研究開発をしていたんだからエリートよね。勿論、主流派は固定翼機だろうから、もしかしたらヘリコプターってのは「左遷」なのかもしれないけど。それでも優秀な人材なのは確かだな。日本は敗戦以降、7年間も航空機の開発や製造を禁止されていた。戦後の7年間は重要で、この辺りでフランスや英国の航空産業は日が陰ってくる。それにしても、そういう優秀な方を相手に、ツレナイ態度から女子話題の砕けたタメ口レベルの会話に落とし込むのは、なにか拙僧には一種の才能があるのだろうか。ひとまず、埼玉県で二番目に馬鹿な工業高校を卒業した身分の割には、エリート街道を通ってきた御老体と同レベルで話が出来るのも大したものだなあ、我ながら。

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それで、女子向けにワインの話をしたのだ。ドイツにはリースリングというブドウがありましてね。

「ああ、あれは寒暖の差が無いと上手く育たないだよ。」

と講師のインターセプトは続く。そうそう、焼酎しか飲んでいないわりにはよくご存じで。なので、日本だと山形県くらいでしか成功していなんですが。それで、ドイツのワインは大抵の場合、白ワインなんだけど。

「ドイツのワインが白ワインだとは限らないぞお。」

むむっ、食い下がりますね。確かにナーエあたりに赤ワインの有名なフランスで言うシャトーがありますな。ピノノワールに似てカルベネソービニオンに比べると口当たりが軟らかくてフレッシュ感が残っていて好きです。でもねえ、拙僧は日本国内でドイツの赤ワインを見たのは3回くらいよ。小樽と池袋と名古屋のワインフェス。なので、ドイツの赤の話はちょっと置いておいていただきたい。それで、ドイツ人がリースリングを使うと大抵の場合は甘く作るんだなあ。ところが、フランスにアルザスという地方があってね。ドイツとの国境地帯なんだけど。そこではリースリングで辛口のワインを作るのよ。比較的廉価なのでお勧めだわ。軽く冷やすとイイわね。

「アルザスは何度もフランスなったりドイツになったりしたからなあ」

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そうなんすよねえ。なんで神聖ローマ帝国とかプロセインとか、あの辺の連中はイイ線まで行くのに負けちゃうんですかねえ。っていうか、ワインに関心ない割には詳しいっすね。何、2年間ミュンヘンに滞在していた?ははあん、読めたぞ。先生が授業の時に一瞬だけ映してたK重工のヘリ。見たことがあるような気がしたが、あれはMBBだ。つまり、メッサーシュミットの血が入っていますな。メッサーシュミットと言えばバイエルン。つまりミュンヘンとは繋がりがありますなあ。

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この御老体は押せば押すだけ面白い話が出てきそうだなあ。本当に頭のイイ方ってのは、一目ではそうは見えないように装うモノだな。

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いや、すっかり忘れていたが、そんなことより女子のメールアドレスだ。何だか楽しんでいたのだが、あれよあれよという間に三河行きの終電車に間に合わなくなってしまったよ。拙僧も最近になって赤外線送信の方法を覚えたんだけど、女子がスマートフォンに替えたばかりなので良くわからない。なので、拙僧の携帯を女子に渡してメールアドレスを入力させたよ。とてもスマートな方法とは言えないけど、このさい構っていられるものか。兎に角、女子のメールアドレスを登録させて空メールを送って登録完了だ。我ながらなし崩し的な成果だが、後日、メールを投げたら返事が返ってきたので、ひとまずは勝利なのでは。なんか間違っている気がするけど、まあ、いいや。

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ミリタリーマニアも自動車マニアも一部単車マニアもドイツというの無視できない存在だな。それが好意的かそうでないかはともかく。現在の視点でフィルムカメラを思い返すと、概ね日本系、ドイツ系、ソビエト系、アメリカ系、自由主義圏その他欧州系、共産主義圏その他欧州系、中国系にカテゴライズできるだろう。ひとまず、カメラのボディが金属化した以降として、その前の大航海時代のカメラは対象外にさせていただきたい。日本系やソビエト系はドイツ系の亜流として成り立ったが、日本系が差別化や自動化を合理的に組み込んで発展しドイツ系から独立している。ソビエト系は「モノマネ」どころか「生産設備ごと接収」まで行っていたから、最初はドイツ系に准じたクオリティを保っていた形跡がある。全く自動化に無関心だったわけではないが、その道のりは緩やかであり日本人から見るとやっつけ仕事にしか見えない。それでも、工程の省略やクオリティの劣化によってシブトク生き残り、今ではドイツ系の血脈は絶たれたものの、一つのジャンルを形成しているな。最近では韓国系カメラというのも勢力を伸ばしているが、実質的にフィルム時代には一つのジャンルを形成できなかった。中国系カメラは基本的にはソビエトや共産主義圏を踏襲しつつも鎖国的なバックボーンから内向的に発展したが、日本系カメラを単純に、或いは簡略化した物も多い。歴史的にはソビエト・共産主義圏その他欧州系から興った後に日本系の影響を受けている。ロモグラフィーというフィルムカメラ最後の砦を担っている実情からして独立したカテゴリーと認識してもイイだろう。

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さて、よくよく考えるとドイツ系カメラは純粋に一つのジャンルとするのは難しい。原因の1つはライカの存在だ。ドイツ系カメラの血脈は90年代に事実上途絶えてしまう。実際には80年代後半になるとドイツブランドを冠しながら実際に作っているのは日本や東アジアという状態だった。しかし、ライカは別である。ライカも商売的にはかなり厳しい時期があった。ライカフレックスを出した辺りから急速に自立性を失い、外資が入ったり工場が海外を転々とし混乱した時期があった。R8辺りからはアイデンティティーを取り戻した感があるが、今でも自社開発でデジカメを発売する一方で、日本製デジカメにブランドを供給したりして、フィルムカメラ時代のライカと同一に扱うのは少し無理があるような気がするな。それでも、ライカをアグファやウェルタやバルタと同列に並べるのも違う気がするので、ドイツ系でもライカは別とさせていただきたい。もう1つ、2013年にもなって我々が忘れているのは、先の大戦後から1989年までドイツは東西に分かれていたのだ。特にドレスデンの様な重要な工業地帯が東側に組み込まれたのは西ドイツにとっては痛手だった。なので、戦前は国士無双のツアイスも東西に分かれてしまい、ライカと対等に闘い続けるのは難しかった。財団としてのカールツアイスは健全なのだろうが、既にカメラメーカーのツアイス・イコンは存在しない(ここでは近年のコシナの事は忘れてほしい)。なので、もう一度ライカの名前を出すと、ドイツ系というのはライカの事で、その他の西ドイツ製カメラは自由主義圏欧州系に組み込まれ、東ドイツ製カメラは共産主義圏その他欧州系に組み込まれたという見方もある。もっとも、そのどちらかの経済圏も、結局中心となったのは西ドイツか東ドイツだった。両者はそれぞれの価値観の違いで一時は北米市場に展開したものの、結局、安く合理的で先進的で信頼性の高い日本系カメラに駆逐されてしまう。はたかも、神聖ローマ帝国やプロセインを思い出すかのようだ。

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先日のコンタクトプリントの際に素晴らしい印画環境を提供してくれた男子が

「カメラ(やレンズ)を600個も持っているのに、プラナーは持っていないんですか?」

というのだ。確かにゾナーは幾つかあるし、ディスタゴンは過去に何度も接敵していたのだが、僅かのところで逃している。しかし、プラナーは無いな。いや、ハッセル500C辺りを本気で買おうかと思ったこともあるし、ローライSL35シリーズを真剣に検討したこともあるから、それらにはプラナーが付いていたろう。しかし、どうも今一歩、プラナーには近づけない。このプラナーに対する熱度の低さは、京セラコンタックスのマクロプラナーを借りて、ポジの写りは素晴らしかったものの、モノクロのスナップなどが案外とつまらなかった実体験からなのだろうか。どういう訳か名古屋の若いフィルム男子・女子のローライフレックス率が高いのだが、拙僧が関心を持ったのはクセナーだしなあ。

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拙僧もドイツ血脈の憧れはあるようだ。なので、安めのアグファとかバルダとかプラクチカには弱いのである。今月半ばの家庭内小紅旗の広州遠征時には師団長不在をいいことに、東西ドイツのロワー~ミドルクラスを集めてしまった。その無秩序な攻撃作戦は拙僧の貧乏師団の財政を揺るがすことになったのだが、幸いなことに幾つかのデジ物件が良い価格で旅立ったので、顕著な問題として師団長兼政治局員の妻に曝されることは無かった。

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ひとまず、「拙僧がカメラ族として自覚した頃のコンタックス」を入手したことで、散漫的な戦闘的欲求は収まりそうだ。作っていたのが京セラとか、そういうのは問題ではない。それにしても、コンタックス137MDには悪趣味な貼り革が多いのだが、これは純正なのだろうか。

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P.S.

本日、「ダイ・ハード ラストデイ」を観たのだが、本物のMi-24P(ハインドE)やMi-26(ハロー)も見ごたえがあったが、メイキングVでフィルムシネカメラが確認できた(アリフレックスと思われる)。スタッフロールに「FUJIFILM」が掲げてあったのだが、本当にフジフィルムが現像したのだろうか。

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 拙僧が名古屋の大学の夜間講座に週一で通っている話は既に報告させていただいたと思う。動機は「そろそろヒモ生活をひと段落して、所得を稼ぐきっかけを作りたい」というものだ。大義としては道理はあるのだが、拙僧の体調が諸般の事情にて悪化し、復職へのスケジュールは大幅に遅れる見込みとなった。党の方針としても「今は急がず備えよ」なので、特別拙僧の立場が悪くなるわけではないのだが、些か不甲斐ないのも事実だな。その夜間講座なのだが「ビジネスベーシックスキルアップ」を主テーマとし、毎週毎にサブテーマと講師が変わるのだ。大抵の場合は中小企業診断士が講師になるのだが、弁護士なのに中小企業診断士の資格を持っていたり、会計士の方も含まれたり、その講師の方々のバックボーンも様々だ。一番笑っちゃったのは「元コーエイのゲームミュージック作家」という経歴の持ち主だな。コーエイというのは割と老舗のパソコンゲームメーカーである。現在はテクモ(旧テーカン)と合併したようだな。テクモというかテーカンはアーケードゲームの「スターフォース」が知られるところだ。「スターフォース」というとハドソンを思い浮かべると思うが、あれはハドソンがファミリーコンピュータ向けにライセンス生産したのだな。ゲーセン原理主義者の中学生時代の拙僧はハドソンや「高橋名人」は外道下衆として侮蔑していたからファミコン版などというものは全く認めなかった。後になって考えれば、札幌のゲームメーカーで「原始人の格好をさせられる検査要員」は軽く気の毒だなと思ったのだが、最近、関東系のAMラジオで御出演なさり、その痛い感じのキャラクター性が御健在なのを知った。「戦闘的人生」なんですかね、そういうのも。コーエイに話を戻すと、一般的には歴史シミュレーションゲームで知られるが、Z80や「テクノポリス」の時代から闘争を続けていた拙僧にとっては、なかなかご立派なジャンルに挑むポルノゲームメーカーとして知られていたな。拙僧が実際にそのゲームを楽しんだという訳ではない。有名な「オランダ妻」とか「マイ・xリータ」とかの時代は、拙僧ら恵まれない身分の者にとってはパソコン所有などというのは夢のまた夢であったのだ。辛うじてパソコンに接するのは民族系デパートのパソコン売り場だった。そこでゲームをしていたかというとそんなことはなくて、先輩らがベーシックで「テーブルテニス」レベルのゲームを作るのを眺めていた。勿論、記録媒体(当時はカセットテープだ)に記録も敵わず、毎日一からコーディングしていたはずだ。今から考えると凄えなあ。だから、自宅のパソコンで「小学生相手のお医者さんごっこ」など到底不可能だったのだ。考えてみれば自分が小学生なのだから、同級生相手に「お医者さんごっこ」をしてもセーフだったかもしれないな。あー、すればよかった。

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話がズレたが「パソコンを活かした業務」のようなサブテーマの講義があったのだ。聞けばITエンジニア上がりの中小企業診断士だという。なので、ちょっと込み入った現在のソフトウェア開発事情を聴きたかったのだ。拙僧も、介護や簿記と言ったフロンティアに挑んだのだが、ことごとく作戦は失敗し重要な要衝を失ったのである。それで、ハローワークの職業訓練校で知り合った女子とカラオケに行くとか、泊りがけで飲むとか、そういうのは副次的な別な成果だな。とにかく、ソフトウェア開発業で再び社会と言う戦列に参戦を試みているのだ。拙僧の技術は所詮10年前の代物に過ぎない。しかし、三河辺りの中小製造業が使っているアプリケーションは10年前の物だし、OSだってXPが主流だ。内宮筋が海外担当をしている3000名規模の三河自動車一次受け工場だって、やっと7に移行する目途がついたレベルなのだ。なので、「すぐさま取引先のアプリケーションに社内システムを全入れ替えするのは無理だけど、対応しなければいけない取引先に関する部分の改修」というニーズがあると踏んだのだな。ならば拙僧のスキルでも出来そうだ。問題はマーケティングと客単価だな。それと、システムを穏便に移行する以上、現在流行の開発言語とDB基幹アプリも知りたいところだ。なので、講義が終わった後に講師を留めて、拙僧のビジネス展開を聞いてみたよ。拙僧は基本的には必ず講義が終わった後も講師を引きとめて質問をぶつけたり、拙僧の認知の精度を確かめ修正している。そうじゃなきゃ損じゃないですか。仕事で彼らに質問するとお見積もりもいいんですよ。生徒ならタダも同然。レジュメと講義を覚えるだけなんて勉強としては成立しないし、廉価とはいえ出費分は回収しないとね。

「そのビジネスは全く成り立たないね。」

と講師はキレ気味に言うのだ。

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初めはどうにも拙僧の受講態度やファンションが気に入らないと言っている風にしか聞こえなかった。まあ、赤茶髪に毒々しいアロハだしねえ。でも、そういうのって質問した側からすると期待外れよねえ。それで「また、ツマラナイものを切った」と思ったのだが、2~3分程文句を垂れたら満足したようで、身のある話に移行した。実際に、拙僧が想定したビジネスモデルの精度は著しく甘かった。これは事実である。特に客単価に関しては甚だ勘違いだったな。例えば、正社員10名、派遣社員常時30名のメッキ工場があったとする。年商ベースで10億にとどかない位かなあ。そういう中小企業の業務システムを見る機会があったのだけれど、拙僧が見た限りでは1カ月くらいの仕事に思えた。Accessベースのプリミティブなシステムで、好意的に見ても10年落ちだなあ。コンピュータのアプリケーションは自分で学んだりしないから、シーケンスは10年前のままである。ここでは、OSやアップル系端末が自動的にネット上のパッチを自動アップロードするのを「自己教育コンピュータ」と並べるのは避けてほしい。業務システムのシーケンスは10年前でも、実際の業務シーケンスは次々と変わるからアプリケーションの業務システムとは乖離してくるな。それでどうするかというと、自分では型番の違う2台のマセラティを転がす社長は、自社への投資は惜しいのでアプリケーションの更新に金を払うなんてもっての外だ。だから、対応出来ない帳票やら伝票やらは事務社員がエクセルベースで別に作るのだ。実際には極めて手書きに近い帳票からデータを起す。そういうのって、単位時間当たりの労働単価でみると、ソフトハウスにちょっと業務システムを弄ってもらう方が年度スパンで考えるとコスト安なのではと思うのだが、三河の恵まれた環境で育った2代目社長には響かないな。無論、社員は真面目なら真面目程、損な役を押し付けれられるのだが、そういう製造業の事務スタッフ、概ね女性なのだが離職率は高く、社長は無理をさせてもなんとも思わない。どうせ、スグ辞めるのだ。それでも、1カ月の仕事なら100万円だから、改修には10万円+αといったところだろう。それを拙僧は5万円で請け負って差し上げる。常識的には赤字なのだが、拙僧は実質的には妻が食わせてくれるし、小遣い稼ぎ程度の仕事としてはイイんじゃないかな、と思ったのだ。

「キミが海外の町で歩いていたとして、突然現れた人間に”今、あなたはお腹が空いている。それを満たすには時間にして10分、費用にして1000円の時間が標準的なスケールで必要となる。それを私は時間にして2割減、費用にして5割減のコストで私は満たすことができる。”と言われて、キミは信用するかね。」

と講師は仰るのだ。

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確かに講師の仰りは正しい。まず、拙僧が安く仕事をできる根拠が「妻が食わせてくれるから安くするよ」では顧客は納得しない。それに吹けば飛ぶような中小企業も必要なら300万円位の投資はするというのだ。前者はその通りである。確かに、顧客としては怪しい話にしか聞こえないな。後者だが、まず設備投資は減価償却になるから、銀行向けにそれなりのドキュメントを用意すれば300万円くらいの資金は調達できそうだな。減価償却だから翌年以降の税金対策としても有効だ。それに、よくよく考えれば1カ月と見積もったのはコーディングに関してだけだ。実際に厄介なのは要求定義なのである。業務シーケンスのコンピュータ化のメリットは「従来の業務シーケンスの単純なコンピュータ化による手作業の軽減」か「冴えたコンピュータ化したシーケンスに従来の業務シーケンスを修正して合理化する」のどちらかなのだ。しかし、多くの中小企業はスタッフ引き継ぎの手順がドキュメント化していればいい方で、大抵の場合は社内全ての業務シーケンスを把握している人が一人もいない場合が多いだろう。そういう「呑気な三河の中小製造業」相手に要求定義をまとめるのは一苦労だ。これは100万円くらいでは割に合わないな。実際に想定できるのは要求定義の段階で、「どう考えても関わったら損だな」と思える顧客にぶち当たったらどうしようということだ。これは、別の講師に相談した時に認知したのだが、「要求定義」と「開発製造」で見積もりを分けるべきだな。それなら、「要求定義」の段階でさじを投げた方が得策と至ったら、「開発製造」の見積もりを無理目に高く設定すればいいだけの話だな。
「全システムを入れ替える体力は無いが、必要な取引先に限定した改修」のニーズに関しては講師も否定はしなかった。問題はマーケティングなのだ。それが必要な顧客でも、拙僧がカドヤのジャケットを羽織ってCRM250Rで登場したら契約には結びつかないだろうな。その辺の柔軟な戦術は、ゆっくり考えることにしよう。腹案が無くも無いのだが、まずはベーシックとなるスキルの構築だな。拙僧も10年開発畑から離れているし。ファーストコンタクトで圧倒的にな打撃力を与える程にスキルアップしなければ話にならないな。

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最近、接触のあるmixiコミュニティが写真展覧会を企画している。テーマは「コンタクトプリント」。当然モノクロフィルムが対象となるな。今どきとしては、なかかなか骨のある企画ではないだろうか。拙僧も参加表明をした。ネガは先日のビーチモデル撮影の中から選べばよいだろう。折角だから、モルト不良で豪快に光線漏れしているネガを選んだ。ペンタックスMEにトキナー20~35mm、リノケン50mmF2、ユピチェリ9で撮影したカットが混在したもので、露出もばらつきがあるのでアクセントになるのではと思ったのだ。どうせ、上手い方には敵わないしねえ。変則技で勝負よ。

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サイズは六つ切りなので自分の家でもできなくはないのだが、残念なことにコンタクトプリンタが無いのだな。そしたら、mixiの有志の方が自宅で暗室環境を作り、プリント会を開くというのだ。彼の自宅は三河の拙僧宅からはかなり遠い名古屋市街なのだが、拙僧は誰かに現像・プリントを教えてもらったことは無いので、人様の手順も拝見したいと思って参加したのである。それで、当日、有志の方の自宅に伺ったのだが、素晴らしい暗室だった。まず、クーラーが効いているし、部屋も大きい。装備もイイのだ。LPLのタイマーに引き延ばし機と暗室ライトが連携している。凄いなあ。おまけにサーモヒーターで現像液の温度管理もしていた。拙僧は、プリント時の現像液の温度なんて測ったことは無いぜよ。折角のタイマーは使い方が分からなかったので腕時計で測ってプリントは行った。我が家の東芝の暗室電球に比べて、彼の暗室ライトは遥か明るいから腕時計がはっきり確認できるし楽な物よ。その大雑把な作業は有志の彼にして

「なんてでたらめな人なんだ」

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と言わしめたが、これは拙僧にとっては最高の褒め言葉だな。あまりにも快適なので2時間も作業してしまった。拙僧は知らなかったのだが、当日にフィルムの現像も行う組が居て、拙僧の暗室を拘束した時間は大した問題にならなかった。現像組がプリントしている間、拙僧は付かれたので有志の彼の細君とお話をしたのだ。疲れたしねえ。しかし、こうやって昼間から人妻と二人で話をするのも良い物だなあ。プリント?ああ、そんなものは拙僧並みにできたんじゃないですか。

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当日現像組の第一陣が完成して、暗室から出てから自分のプリントを乾かしたのだが、なんと、スポンジで軽く拭いてからドライアーで乾かすという。ええ?プリント面が痛まないの、それにカーリングしないかい?拙僧なんてRCペーパーはドライウェルに通してから天日乾燥で1週間は干しっぱなしよ。だって、RCペーパーってくっつくじゃない。聞けば、名古屋の好事家の暗室講座ではそうだったらしいのだ。まあ、教室は1日で終わらせなきゃだからドライヤーで強制乾燥させるかもしれないけど。大切な写真は自然乾燥させた方がよくないかなあ。まあ、若い連中に説教するのは嫌なので言わなかったが。

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それでも、引き伸ばし用レンズは「LPLではダメだ。少なくとも中古のELニッコールを使いたまえ。」とだけは、助言させていただいたのだが。

コンタクトプリント(硬)

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最近、話題が重いので軽いのに行きたいものだ。

先日、「ビーチモデル撮影会」に参加したのだ。その辺の娘さんをダマクラカして撮ろうというのではない。れっきとしたカメラ屋主催のプロモデル相手の撮影会である。そのカメラ屋は名古屋では貴重な中古カメラ取り扱い店なのだが、委託品はまず壊れていて、店の中古品もまず壊れている。勿論、保証はない。稀に動いて保証が付くものもあるのだが、著しく高い。東京のクオリティを知っている方なら、凄まじく辺鄙な田舎に赴任を明示された新人教師の様な心境になること間違いなしだ。なので、そのカメラ店、仮名をカエルカメラとするが、中々食わせ者物の店なのである。その食わせ物の店が度々撮影会を開いていたのは知っていた。エレベーターに所狭しとパンフレットを貼っていたからな。ただ、食わせ物の店だから内容もエゲツナイっすよ。500円ワンコイン撮影会という企画があるのだが、所有時間は2分なのだ。一応、「ポーズ指定無制限」というパチコンコ屋みたいな宣伝文句が書かれているのだが、2分でモデルさんにキワドイポーズをさせるなんてヤカラじゃなきゃ不可能じゃないの。いや、そういう図々しい企画に金を払う連中っていのは更に図々しいだろうから、短時間でエゲツナイポーズをさせるのだろう。それでプロのモデルさんのチャーター料を回収しようとしたら、三桁に近い客を集めるのだろうな。また不謹慎な発言と思われるかもしれないが、若い市長さんの言うところの「慰安施設」を想像してしまったな。それは拙僧の属性が卑しいことに因しているのだとは思うのだが。

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そういうのはキツイと思って、あまり真面目に見なかったのだ。しかし、「1Day20名様限定6000円」というピーク期を外した温泉旅館みたいな企画を見つけた。「1Day」ったって午前1時間、午後1.5時間くらいだろうな。なんとかビーチとは書いてあったけど、拙僧はどこかさっぱり分からない。多分、知多半島の端っこの方なのだろう。あまり都市圏に近いメジャーなビーチだと何かと撮影会に不都合だからな。開催は7/7。無論晴れてほしいが、晴れたら鬼暑いよねえ。モデルさんの体力的にも15時前に終了して軽く反省会とかだろうな。拙僧は20名で6000円は妥当な線だと思った。それに、当時の拙僧は「肖像権という名の暴力」、いや正確には「実際には暴力を振るわれたわけでもないのに過剰に消極的で露出を恐れる若い連中」の扱いにホトホト呆れていたので、プロ相手に思いっきり写真を撮って露出したいなと思ったのだ。勿論、モデルさんの尊厳を傷つけるような露出は問題があるが、拙僧はそんな写真を掲示するつもりはない。もしもそんなことをしたら、扱い辛い拙僧のコンテンツを読んで下さる皆様に「言うだけではなく、本気で痛い奴」と思われてしまうじゃないですか。少なくても撮った写真を率直に公開するのは問題ないんじゃないですか。
それで、妻に許可を取ってネットで予約したのだ。実は許可は得たものの1週間くらい予約を忘れていたので、応募人数のギリギリだった。やっぱり需要はあるのねえ。ちなみに、妻に許可を取ったのは倫理的な観点からではなく、単純にスポットの出費を支援してもらうためだ。拙僧の妻は、そんなツマラナイことで文句は言わないですよ。そんな、キモの小さな妻だったら、10年ロクに仕事をしない拙僧を食わせないですよ。

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それで、日本カメラ社の「サンダーなんとかさんのポートレイト入門」を見ながら、「わしの写真センスからして構図をどうして、ポーズをああして」などと考えるのは勿論一切なく。ちゃんとシャッターが開いて、ちゃんと絞りを絞って、余計な光線漏れのない信頼性の高い部隊の編制に苦心するのだ。具体的に言うと、近年に撮影実績のある大丈夫なブツと、それでは少し足りないので撮影には未投入だが大丈夫そうブツを選んで、D-dayに備えてテスト撮影をしようと思ったのだ。まだ、1.5カ月くらいあるから余裕、と思っていたのだが、「簿記三級戦争知立城攻略戦」のダメージも著しく、深刻なレベルまで体調を崩してしまったので組織的な稼働が殆どできなかった。また、梅雨の時期も重なって「7月の快晴下のビーチ」を想定した演習も行えなかったのである。一応はEOS20Dによる「補完戦車隊」を確保したのだが、そのカテゴリーの戦争に勝っても嬉しくないしねえ。
とにかく、ロクに稼働も確認できないでD-day前日を迎えてしまう。部隊の編成は下記の通りだ。

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ペンタックス 6x7
SMCペンタックス67 45mmF4
SMCペンタックス67 165mmF2.8

リコー XR-8
ペンタックス ME
トキナーAF20~35mmF3.5~4.5
リノケン50mmF2L
ユピチェリ(ジュピター)9 85mmF2
ペンタックス 45~125mmF4

ニコン35Ti
パール1

EOS 20D
EF-S 18~55mmF3.5~5.6
EF 50mmF1.8
コシナ 100mmF3.5マクロ

なかなかの本気っぷりな編成ではないだろうか。いや、よく見るとやっぱりずれているのだが、主力のペンタックス6x7が効いているので一瞬気づかないだろう。パールが含まれているとかは。
主力の重戦車部隊をペンタックス6x7で編成するかブロニカS2で編成するかはギリギリまで迷った。勿論、フォーマットの違いによる写真クオリティなんていうのは全く関心が無い。要するに広角レンズをペンタックス45mmF4にするかニッコール50mmF3.5にするかということだ。結果として上記の構成になった。だって、プロのモデルさんにペンタックス45mmF4でぐっと寄るって、可能か不可能かはさておき、良くないですか。なので、主力はペンタックス6x7で行く。ただ、ライカ判一眼レフカメラの布陣に違和感を感じていただいたろうか。実は、当日になって、拙僧の師団は深刻な脅威にさらされ、混乱していたのだ。

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当日は快晴であった。方々のニュースで熱中症を警告していた。拙僧も2Lは何かしらのドリンクを消耗する覚悟はしていた。しかし、問題は拙僧の生理的なコンディションではなかったのだ。出発前に駐屯地でペンタックス6x7にアクロスを装填すると、なんとシャッターをチャージしないのである。あれよあれよと全部巻き込んでしまった。ええっ、マジイイ!?電池を交換してダミーフィルムを装填するとやっぱりシャッターをチャージしない。バッテリーチェックランプは点灯するし、フィルムカウンターも進む。ということは問題はチャージ系だな。まあ、4000円で拾って、専属モデルであるところの姪の重要な3年間を撮ったのだから、損をしたとは思わないな。それよりも、予備部隊の発動である。ペンタックス6x7に予備とその予備があるというのは30年前だったらエライことだ。しかし、近年ではひとまずシャッターが切れる6x7が1000円で流通するのだ。エライことになったなあ。とにかく、予備の戦車隊はシャッターは切れるのだが稼働実績がない。だって、正規部隊が昨日まではちゃんと動いていたのだ。そりゃねえよなあ。いや、出発前にトラブルが発見できてよかったのだが。これが現地で発覚だったら泣くよなあ。拙僧はペンタックス6x7はフィルムを装填しないと空シャッターも切れないと思っていたのだが、予備の個体は切れるのだ。あれえ?そうだったけえ?とにかく、運命をゆだねるしかないな。冷静に考えればブロニカS2にシフトすればよかったと、後に思うのだが。
なんか、そう考えるとリコーXR-7マーク2もオートの時のシャッター音が可笑しい気がするなあ。最初はXR-7マーク2を稼働させるつもりだったのだ。AEがあって便利だしねえ。しかし、疑い始めると不安が膨らむばかりだ。なので、大丈夫そうに見えたXR-8にした。本当はXR-8スーパーにしたかったのだが、ペンタックス45~125mmF4を付けるとシャッターが切れないのだ。いま思いついたんだけど、ミラーがずれて当たるのかもなあ。とにかく、稼働実績のないリコーXR-8がライカ判部隊の主力となる。ペンタックスMEは更に怪しい状態だった。しかし、拙僧が体調を崩す直前に大規模な部隊改変を行い、優先順位の高い部隊を別に保管していたのだ。困ったことに、別に保管した部隊がどこに混ざってしまったのか分からない。なにせ3グロスくらいカメラやレンズがあるからな。拙僧は子供の頃から、忘れないように別に置いた物の置き場所を確実に忘れるのだ。本当に成長してくれよ(涙。
だから、稼働状態があてになるのは親衛連隊のニコン35TiとEOS20Dくらいになってしまったな。大丈夫なのだろうか、戦争に勝てるのだろうか。しかし、そろそろ出発せねばならない。

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道中の名鉄のローカル線で、拙僧はドキドキと緊張が高まっていた。勿論、水着姿の娘さんを思ってではない。カメラの信頼性について考えると不安になるのだ。これだけ、気負って戦争を始めてネガの6割が光線引きとかでダメだったらどうしよう。兎も角、名鉄のローカル線は聞いたことも無い駅に着く。20分もしないうちに集合時刻になって、メンバーも殆ど集まったようだ。だいたい、拙僧から見ても「おっさん」から「初老」の方々だな。予想通りである。2名ほどご婦人がいらっしゃったかな。拙僧と同世代か少々若いくらいの連中も3~4名いたかな。何れにしろ、アロハ姿に赤茶髪の拙僧が最も大人げなく見えるな。
案の定、現地の天気は殺人的な打撃力の快晴。本当に当日は我が国の方々で熱中症で命を落とした方がいた。「サンダーさん」が何といおうが、拙僧は逆光でちゃんと顔が暗くなるようなピーカンが大好きだ。主催者のカエルカメラ店員のプライベートRV車と思われるシャトルでビーチに向かうのだ。そうだ、今日の撮影は何時までですか。4時?いやいや、拙僧が聞いているのは「解散」ではなくて「撮影の終了」なんだが。

「4時までばっちり撮影してください。」

ええっ?!マジい?!ちゅうか、拙僧は干支を1周廻るくらい20代女子(後で聞いたら19歳だそうだ)の肌には触れていないんだけど、このカチューシャ(秋元ではない)みたいに降ってくる紫外線の中に曝されても大丈夫なの?拙僧が触っても許してくれる30~40代女子なんてハナワン族みたいに日光下を避けるよ。ちなみに「ハナワン族」は「戦闘メカ ザブングル」に出てくるよ。夏から中共に至まで、そんな少数民族は存在しないと思うのだが、あながち断定はできないな。

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挨拶もそこそこに撮影開始だ。モデルさんの名前とか紹介していたと思うだが、全く記憶に無い。イキナリ、ペンタックス6x7に165mmF2.8を付けたのだが、あまりテージを上げても持たないだろうしな。まだ、11時にもなっていないしねえ。まずは、EOS20Dで軽く流すか。18~55mmF3.5~5.6で作戦を発動するも、やっぱり標準ズームではツマラナイな。なのでコシナ100mmF3.5マクロを付けると、あららファインダーが真っ白。結露して凍ったか。いやいや、冬の斉斉哈爾ではあるまいに。外して太陽にかざすと、あらやだ、後玉の裏側が真っ白だわあ。やってくれるな、マキの破壊工作。しかし、そんな程度で進撃を止めたとあっては、「遊撃師団」の称号が泣くというものだ。既に、「親衛師団」でないのが素性の本当のところなのだが。それで、EF50mmF1.8に切り替えたのか、ペンタックス6x7を導入したのか、その辺は覚えていないっす。コシナの100mmは昼休みに手で分解してクモリをティッシュで拭いたらそれなりになったよ。やっぱりコシナのエンジニアは冴えているなあ。こういう戦地で気の利き方を発揮するよな。


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撮影は、本当にファミリービーチの端で行った。一応、遊泳禁止ゾーンの端なのだが、特に岩が隠すとか入り江になっているとか、隠れた感じが全くない。なので、背景に水泳帽の小学生とか、無理目のビキニのその母親とかが入らないようにするのも一苦労だ。こういう、モデルさんに至近距離まで寄れるのにサンニッパとか担いでいる熟年もお気の毒と思っていたのだが、案外、背景の処理の為にワザワザなのかもなあ。それでも、拙僧が40万円くらい用意できたら妻と東欧旅行をするか中古のウルフ250を買うな。
勝手に撮影しようとする素人連中は主催者が追っ払うとして、「やから」対策はどうするんだろうと思っていたんですよね。そうしたら、やってきましたよ、そういう風貌の二人組が。運がいいのか悪いのか、拙僧がグループの端でペンタックス6x7に5本目のアクロスを詰めようとしていたんですよね。ということは午後の撮影時ですな。それで、「やから」の背の低くて短髪の方が

「スイマセン、何の撮影会ですか?」

と、例の低めの音調で拙僧に聞くんですよ。拙僧はくたびれまくっていたんですよ。だって、バケペンに5本目のネガを詰めようとしている時ですよ。なので、目線を彼の高さにして、ゆっくり首を振って左手だけゆっくり天に掲げたんですよ。よく、白人が「アンビリーバボー」とかいうときに両腕を挙げるじゃないですか。あれを10秒くらいのスピードでやったんですよね。勿論、目線は合わせたままです。拙僧は母親に

「人と話をするときは目を見て話せ。」

と、情操教育を受けていたんですよね。そしたら、

「あ、わからない。」

と、半疑問系の発音でつぶやいた後、10秒ほど何かを探す仕草をしてから足早に去っていきました。満足したのでしょう。やはり、拙僧の紳士的な対応が彼らを素直にしただと思います。やはり誠意ですよね。嗚呼、母よ、あなたは正しかった。まあ、拙僧も民宿も酒場も無いファミリービーチだから、「やから」がウシアブみたいに半ダースくらいの仲間を呼ぶことは無いだろうと踏んでいたんですけどね。

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あとは、どういう風に振る舞ったか自分でも覚えていないのだ。午前と午後に5分くらいの「個人タイム」が割り振られていた。拙僧は素性が卑しいので、どうしてもそういう言葉に性的な語感を感じてしまうのだが。拙僧個人は19の娘さんに性的な感情は持ちませんよ。28くらいだと(以下略)
それでがっちり4時まで撮影したのだ。拙僧の師団は消耗しきっていた。いや、我々は適当に休んだりドリンクできるけど、モデルさんはどうよ。20分くらいの大休憩を取っていたけど、ほぼ動きっぱなし。聞けば初仕事だそうな。ばいしょーってきびしいねえ。思わずスキンヘッドの主催者に「クレームとか来ないんですか?」と聞いたら

「いやあ、お客さんは喜んでいただいていますよ。」

いやいや、そういう事ではなくて。つまり「事務所からモデルの扱いが荒いって言われないの?」

「いやあ、ぜんぜん。」

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ううむ。これが関東なら絶対にモデル2名にしろとかクレームが来るな。それに、バケペンを持った、というかフィルムカメラは拙僧だけだったから主催者も印象に残ったらしくて、次回も誘われたよ。いや、印象に残ったのはパールの方かなあ。21世紀に水着モデル撮影会にパールを持ってくるようなのは拙僧くらいだよねえ。パールも目測がちゃんと決まっているカットは中々だったよ。そんなのは2割にも満たないけど。ちなみに、次回は9月にファミリー高原牧場。そりゃあ涼しそうだ。しかし、まさかと思うけど水着にはしないよねえ?

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それで戦果がどうだったかというと、ちゃんと光線引きしたりシャッターが開かなかったりしましたよ。別にいいっす。拙僧は星に恵まれて写真撮っているんじゃないっすから。ただ、「これだけは絶対、いや絶対とは言わないけど7割くらいは写っていてほしい」と思っていた「個人タイム」のペンタックス6x7+45mmF4の寄りは8割くらいは写っていた。拙僧の下手な現像でダメにするリスクを避けるために、キタムラに出して良かった。

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拙僧はモデルさんにどんなポーズをとらせようとか、そもそもどんな写真を撮ろうとか全く考えていなかったので、ひとまず「やっぱり名古屋の娘は寿がきやラーメンなの?」とか「女子高生の時には友達と長嶋スパーランドに行ったの?」とか、差しさわりの無い会話をしながら、ゼロハン少年がNSR50で駐車場をくるくる回るようにモデルさんの周りをうろうろしていたのだが、それはそれでそういうスタイルもあるんじゃないですか。

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ひとまず、45mmF4のコンテンツを作ったので見ていただきたい。

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「地方の地位のある方が病院で番号で呼ばれたのに腹が立ち、金を払わず帰った。すぐさまブログが炎上し、2週間もしないうちに自殺した。」そんな小さな事件を覚えていらっしゃる方は少ないかもしれません。日本には「節度」という習慣があります。拙僧は大抵の場合は日本の習慣に肯定的です。しかし、「死者にケチをつけることは無礼」というを批判するわけではないのですが、過去に学ぶ観点からすると「死んじゃったから」で目や口を閉ざすのも如何なものかと思います。

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この話は突っ込みどころが多いのですが、まず標準的な視点から見て「食い逃げ」ですよねえ。例えば中学生や高校生が、中華料理屋で麻婆丼を喰って、「アルバイトの中国人の態度が気に喰わなかったから」と言って金を払わなかったら、「ブログ炎上」とかの前に警察に補導されますよね。なんだか、TVの連中が「ネット社会のリスク」みたいな所で落とし込もうとしているのが気に入らない。これは想像なのですが、その「地方の地位のある方」って家柄もいいんでしょ?気分次第で金を払わず帰って来たって、今回が初めてなんですかねえ。食堂とかスーパーで機嫌を損ねて金を払わなかったって、過去にもあったんじゃないですか。そのビレッジでは名の通った名家だろうから、本人に請求せずに、実家に請求して金を払わせたってことが、過去にも結構あったんじゃないですか。「ブログが炎上」して自殺したって、もしかしたら人生で初めて本気で叱られちゃったんじゃないですか。ちょろい人生だねえ。

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もう一つ気に入らないのが「番号で客を呼ぶなんて、ここは刑務所か」っていうくだりである。あんたみたいに生い立ちが恵まれた方ばかりではないのだ。不本意ながらも、反社会的集団に所属しなければならない事情のある方もいらっしゃるのだ。それでも、刑務所で人並みの社会復帰を目指してい方は沢山いらっしゃるだろう。その人生の生い立ちに屈辱的な思いは多々あったと思う。そのビレッジの「地位のある方」は刑務所で苦しい思いをしている方に比べて偉いの?ブログが炎上した位で自殺するなんて薄っぺらいあんたに比べれば、刑務所で何とか人並みの幸せを得たいと歯を食いしばっている方々の方が遥かに偉いよ。

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「甘っちょろいんだよ!」

と、20年ぶりくらいに会話らしい会話をした上の妹が言うのだ。話は去年末まで遡る。拙僧は名古屋の若い連中の写真コミュニティの忘年会の開催時間までの時間を栄のマクドナルドで時間を潰していた。母親から携帯に電話がかかる。拙僧の家柄はサザエさんとはかなり事情が異なるので、親族からの電話は稀なのだ。

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「xx(いとこの名)が死んだんだよ。」

そのxxさんに最後に会ったのが22年くらい前だ。たしか、拙僧よりも5歳くらい若かったから35歳くらいかなあ。原因は何よ。自殺?それはちょっとヘビーだねえ。特別に何か拙僧に行動を指しした連絡ではないのだが、流石の拙僧もちょっと陽気な気分に切り替えるのは難しいよね。だから、当日の忘年会は実に盛り上がらなかったよ。

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血縁者や親族がどのように人生を卒業なさっても、基本的には拙僧は不介入であって、向こうも外国人と結婚して愛知でヒモをしている拙僧に何かの期待をしているわけではない。しかし、自殺っていうのは「ふーん」で解決しがたいシチュエーションだな。なんでまた?と、しばらく時間が経過してから聞いたのだ。直接的な動機は解雇である。彼はイルクーツクでも拙僧の極虎一工業高校と張るくらい、厄介な事情の魁商業高校を卒業してた。話が断片的にしか伝わってこないのだが(拙僧も興味は無かったし)、彼は高校在学時代に知り合った地元女性と結婚し、2児を儲けている。彼の家柄は本家的な主流ではなかったが、温和な父親に恵まれて、率直に言って毎日酒を飲んでは子供を怒鳴ったり殴ったりした父親の家庭に属していた拙僧にとっては羨ましい限りだった。彼は高校を卒業して地元に就職したのだが、収入面においては不安定であったらしい。正確に言うと、彼の実居はイルクーツク市ではなくイルクーツク市の属州である不安定な行政区であった。なんだかんだ言っても、拙僧の自宅は西武イルクーツク線のターミナルステーションから近かったので、東京のセンスに触れるというジャンプは比較的容易だった。あまり、生い立ちが恵まれなかった拙僧だが、この点はラッキーだったと思う。彼は自宅を改修し、二世帯住居を構成した。ちゃんとキッチンも1階と2階で別の物を建てた。概ね配偶者の意向による。つまり、限りなく同居は嫌だという配偶者の意を汲んだギリギリの妥協点だったのだろう。もう一度言うが、拙僧から見れば彼の家庭の両親は温和で恵まれていた。毎晩、殴られているという話は現在に至るまで聞いていないから、そういう事実は無かったのだろう。しかし、曲者なのはイルクーツク市から見ても属州に位置する魁商業高校で知り合った配偶者だな。

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拙僧は高校生時代に恋愛の経験がない。それどころが同級生との交流も殆どなかった。いまでも帰郷時に交流があるのは、拙僧の先輩が作り上げたコミュニティである。先輩、及び教師は拙僧が関心のある情報の提供者であった。だから、社会科教師と「東シベリアの独立した共和国樹立の可能性」について語ったモノだった。冷静に考えれば、イルクーツクに飛ばされた社会科教師というのは、それなりに事情があったのだが、ティーンエイジの拙僧にとっては快いサウンドだったのである。拙僧は内向的でさえない青年だったのだが、女子高を含めて周辺の高校にちょいちょい遊びに行ったことがある。行ったことが無いのはイルクーツク民族系で唯一の進学校だけだ。進学校って言ったって、所詮はイルクーツクだから程度は知れているのだが。むしろ、拙僧に近い筋のコミュニティがその進学校と武力衝突し、どうも、その進学校軍を率いていたのが拙僧の前述の妹らしいという噂を耳にしたことがある。当時の拙僧は昭和家族という封建的な文化の打倒を測りながらも、暴力的な父親の暴行を避けながらも上京後の当面の資金を確保するという極めて難しいミッションに直面していたので、ビレッジ内のコミュニティ同士の抗争からは距離を置いていた。話を戻すと、魁商業高校に遊びに行ったこともあるのだが、そんなに深刻な感じではなかった。今は無い女子高の方が遥かにシリアスなシチュエーションだった。ただ、拙僧の話し相手になっていただいた女子が、一定以上の外部とのコミュニケーションが成立するセンスの持ち主で、その魁商業高校では少数派だといことは察しがついた。今だったら、その辺を掘り下げて、本当のところの厄介まで引き出すことができるのだろうが、当時拙僧は16かそこらだったからねえ。だから、最大の目標は上京であって、そのミッションを失敗したら、冗談抜きで自殺の彼と大して処遇の変わらない状況下に置かれると悟っていた。なので、外の高校の女子と安定的な交流を継続するには至らなかった。それでも、女子高にちょいちょい遊びに行ったのは、今でも話のネタになるなあ。

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その「魁商業高校の配偶者」が、家族という生産シーケンスに著しく不適格な精度だったようだ。結局、自分の子供が2歳か3歳かの時に、元彼の元に逃げてしまう。拙僧の帰属するコミュニティの方が、このサブブログを見ていると、ちょっと支障があるなあ。それでも言うと、「結婚して子供を儲けていたにも関わらず、元彼との関係は継続していて、結局離婚した。」というケースは、ビレッジでは驚くほど稀なケースではない。正直言って、こういう元彼との関係を続けていて、他の男と子供まで生んだにもかかわらず、結局、離婚してしまう女性の心のシーケンスは拙僧には理解できないな。初めから生涯生活を共にする訳でもない男性となんて、結婚しなければいいと思うのだが。それで配偶者は逃げて、子供は両親が育てて、彼は肉体労働で所得を確保していたのだ。イルクーツクに満足に職なんて無いしねえ。拙僧が結婚した時に一瞬だけ故郷での生活を考えたことがあるのだが、最も理想的なケースを想定しても、年収は東京時代の1/3がせいぜいだった。埼玉大学で修士を取って、外資系通信会社で標準的なイルクーツク女性の5倍くらいの年収を確保していた4か国語を駆使する妻が、ひとまず民族系進学校を卒業したものの、進学も敵わず、民族系スーパーでレジを打っている連中と肩を並べて仕事なんて出来るわけないなあ。妻は「別にいいよ」と言っていたけど、俺が嫌だよ。

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 何でも元妻の方から復縁のアプローチもあったらしい。そもそも、結婚できない事情のあった元彼だろうし、自分勝手な都合で離婚した女子が奔放に生活できるほどイルクーツクのビレッジは優しくないしねえ。そういうのは「EAT PRAY LOVE」とか「アリー マイ ラブ」の中だけの話だ。ちょっと古いけど。しかし、当然のことながら復縁は無いよねえ。こりごりっていう感じだよねえ。懲りないのはダディくらいじゃないっすか。それでも、コツコツと生活していた彼が転職を繰り返したのは、一つはイルクーツクの属州では経済的な基盤を形成するのは困難で、本人の努力とは無関係に会社がつぶれてしまったのもある。しかし、もう一つは飲酒運転なのだ。彼は一度飲酒運転で検挙されている。その時に会社から「次にやったらクビだ」と釘を刺されたらしい。拙僧も粗暴に単車を転がすが、飲酒運転に関しては酌量の余地は無いな。結局、二度目の飲酒運転で解雇になるのだ。イルクーツクでは原始的な肉体労働以外の選択肢は極めて限定される。だから、トラックの運転が出来ない、或いはその事業所に飲酒運転の経歴があるスタッフがいるのは著しく不都合なのである。一度は不問にしたのは会社としては最大限の酌量だったろうな。三河では初回だろうがNGだ。自動車産業が強いから。それで人生を悲観して自殺してしまうのだ。しかし、よくよく聞くと、彼が人生を絶つ前からちょっと挙動にオカシイ点がある。例えば、新居を建てたのだ。別に新しい配偶者が見つかったわけでもないらしい。両親の敷地内に新居を建てたのだ。先程述べたが、彼はそもそも両親との接点を限りなく軽減した二世帯住宅を建てたのである。再婚の見込みも無く、両親の敷地内に更に新居を建てるってどうよ。その段階からメンタル的なコントロールが出来なかったのではないかい。

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それで、20年ぶりに会話らしい会話を交わす妹と、父親の通夜で深酒しなが話をしていたのである。拙僧としては「生い立ちとして恵まれていても、その後の人生が安泰とは限らないよねえ。」くらいの調子で彼の話題を出したのだ。しかし、妹はピシャリと言うのだ。

「甘っちょろいんだよ!」

どんなにシリアスな状況下に置かれても、子供を残して死ぬのっていうのは甘っちょろいのだ。彼女は高校時代に接触した男性と結婚しながらも、諸般の事情で離婚し、現在は所沢でそこそこの事業を行っている。開業から10年が経過しても、事業が存続して、ロレックスをハメてBMWを転がしているんだから、大したものだろう。しかし、楽ではなかったと思うな。そんな妹にしてみれば、自殺と言う選択肢は無責任などという表現は通り越して甘っちょろいのである。選択不可能な人生の成り立ちのベクトルが生い立ちに関係するという考えが拙僧にもあった。しかし、そういう考えは甘っちょろいのだろう。たとえ配られたカードが悲観的であろうと、人生は一度きりしかないし、戦争は手札で行うしかない。成功や不成功を生い立ちに因したい。そういう生き方もあるだろうが、ビレッジを飛び出した以上、今さら地方公務員になって、中学校で知り合った彼女と結婚して、何の疑問も無く子供3人なんて不可能だからな。拙僧が甘かったよ。

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福島県や宮城県の方が読まれたら不愉快かもしれないが、拙僧の白虎隊に対する評価は低い。拙僧の白虎隊との接点は小学校3年生か4年生である。旅行した祖母が、そんな風な本を買ってきたのである。子供向けの本ではないな。多分、現地で騙されて買ってきたのだろう。「独占女の60分」で白虎隊をネタにした踊りで旅行者から小銭を得るという商売を見た時は不純を感じたが、拙僧は基本的には死んだ人間の都合よりも、今生きている人間の喰いっぷちを優先するべきだと思っているので、そのビレッジの方々の餅代になればいいんじゃないですか。ちょうど、先日の大河ドラマで白虎隊の方々が自殺なさった。「自決」ではないな。彼らの死ぬという行為が、自らの主体的な考えの結果としての選択肢とは思えない。なので「自分で」「決すつ」という日本語は当てはまらないな。他人に言われたことを無批判に信じたんでしょ。それは「自分で決めた」のではないな。拙僧が気に入らないのは「城下が燃えている。多分、城も駄目だろうから、先に死んじゃおうか。」という短絡的なシーケンスなのだ。武家の女性が自ら命を絶つのは分からなくもない。官軍は動員兵か徴用兵であり、武力を授かる代わりに一定の秩序を持った武士で構成したのではない。そういう武装集団の前に曝される女性は非力であり、過酷な運命を避けることは不可能だろう。管理階級の爺どもは死んでいただくしかないな。国家のメカニズムが根底から変わる以上、旧態勢力は排除される運命である。その当時にそこまでの寿命に達したのだからラッキーじゃないの。しかし、白虎隊はどうよ。確かに旧態的な勢力によって教育を受けたには違いない。でも、当時でいう「元服」も済んでいない若者だよねえ。例え、戦争に負けて屈辱的な地位に落とされても、「会津」という血脈を後に残す為に復興にパワーを注ぐべきではないのかい。織田信長時代の戦争だって、敵対した主君は徹底的に殺したかもしれないけど、配下の家臣まで皆殺しってことは無かったんじゃないの。勿論、荘園を取り上げられるとか、地方に左遷されるとかはあったと思うけど。実際、薩摩は不本意ながらも石田三成について、戦後も不遇だったんだよねえ。それでも、復興を願って頑張ったんじゃないの。その辺を一党独裁の教育を受けた妻に聞いてみると

「彼らは戦力としても勘定されていないし、新政府の再教育も受け入れられない中途半端ない集団。」

だという。ううむ、それはその通りなのだが、もうちょっと夢のある評価は無い物だろうか。この辺が、夢見がちな男子とシリアスな女子の違いなんだろうな。

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一度はジャンクコーナーを廃止し、アルミホイール販売を展開する名古屋の大型リサイクルショップ「コメ兵」である。専用駐車場も無ければ整備施設も無い中心街の「コメ兵」の、自動車用アルミホイール展開事業のロールモデルがどうにもよくわからないのだが。しかし、ジャンクコーナーが復活し、しかもクオリティが上がったのは関心深い。以前は巻き上げもレリーズも出来ないゼニットEに3000円ものプライスタグをつけていたのだが、最近はコニカC35FDが500円で転がっていたりするのだ。勿論、対物側のガラスの接着面が剥がれて、ちょっとずれたりしているのだが、光学系は申し分ないしシャッターも絞りもOkだった。帰宅後に電池を詰めると露出計もそれなりに動く。ちょっと前だったらコニカC35FDなんて、イイ値段だったんじゃないですか。

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悲観的な状況下に置かれても、死ぬというのは賢い選択肢ではないな。「生きていればいいことがあるよ」なんて無責任なことを言うつもりもないけど、積極的に死ななくても向こうからやってくるしねえ。あんまり急いでも得じゃないじゃないかな。

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